未来をもっとよくしていくために、私たちは社会とどう対峙していったらよいのだろう? そんな問いについて、2人の若手経営者が語り合いました。

株式会社ウツワの代表取締役のハヤカワ五味さんと、株式会社ジーンクエストの代表であり、ユーグレナ社執行役員の高橋祥子は、ジャンルは違えど、いくつもの共通点を持っていました。

今手がけている事業のこと、モチベーションの源泉、ハードルの乗り越え方などについて話した前編に引き続き、令和時代を生きるうえでのキーワードが飛び出した、対談の後編です。

「できる」ことと「やりやすい」ことの違い。令和は「やりやすい」時代に

高橋祥子(以下高橋):年号が令和に代わりましたが、これからの時代に、ハヤカワさんが世の中に対して感じている課題感ってどんなことですか?

ハヤカワ五味さん(以下ハヤカワ):平成は、「できる」ことが増えた時代でしたよね。それまで選べなかったことが選べるようになって、人が前より自由に行動できるようになった。

ただ、「できる」ことと「やりやすい」ことって、ちょっと違うんじゃないかと思っていて。今は確かに「選択できる」ことは増えたけど、「実際に選択できる(やりやすい)」ことの間には、大きな溝がまだ残っている。

高橋:そうですね。選択肢がいくらたくさんあったとしても、たいていの人が実際に「選択できる」ことって、たかが知れています。

ハヤカワ:私の会社のモットーが「並存する」というものなんです。この表現、今私の中で一番しっくりきていて。

例えば同性婚。反対派の人たちは、別に認めなくてもいいし、肯定しなくたっていいと思うんですね。ただ、自分とは違う考え方の人間同士がなんとなく存在し合うことって、たぶんできるじゃないですか。しかも対立し合うよりきっと簡単で。
いろいろな価値観を持った人が、さまざまな選択肢を「選択できる」ことが重要だと思います。

ハヤカワ五味さん

ハヤカワ 五味 Gomi Hayakawa (株式会社ウツワ代表取締役社長)
高校1年生の頃からアクセサリー類の製作を始め、プリントタイツ類のデザイン、販売を受験の傍ら行う。大学入学直後にワンピースブランド《GOMI HAYAKAWA》、2014年8月には妹ブランドにあたるランジェリーブランド《feast》、2017年10月にワンピースブランド《ダブルチャカ》を立ち上げ、Eコマースを主として販売を続ける。複数回に渡るポップアップショップの後、2018年にはラフォーレ原宿に常設直営店舗《LAVISHOP》を出店。課題解決型のコンテキストデザインを得意とする。

高橋:おっしゃる通りですね。

ハヤカワ:特にインターネットの世界の中では、AとBどちらが正しいか、どちらが勝ちか、みたいな議論ばかりが発生しているんだけど、別に並行して存在している分には問題ないじゃない、と思います。

令和の時代に願うことがあるとすれば、並存が当たり前で、さまざまな選択肢を「実際に選択できる(やりやすい)」時代になっていけばいいな、と。

高橋:とても同意します。というのも、生物の世界も案外似たような感じで。遺伝子って、「他と比べて自分の方が優れている」と互いに争いながら、子孫をつくったりするんですよね。でもどちらかの遺伝子だけが勝って遺伝的多様性が減ってしまうと、遺伝性疾患になりやすかったり、何かアクシデントが起こったときに絶滅しやすいんです。

ハヤカワ:そうなんですね。偏りすぎるとバランスが崩れちゃう。

高橋:はい。だから結局は、自分と異なった型の遺伝子が存在することが、自分を含めた種の生存の可能性を高めていくことにもなるんですよね。

生物というのは個体として生き延びて、その種が繁栄していくことがミッションです。だから、きちんと生き残れている個体は他の遺伝子も大事にする方向に行動するものなんですけど、個体として生き延びるのが担保されていないと他者を攻撃せざるを得ない。

ハヤカワ:なんだか、人間世界そのままですね(笑)。

高橋:そう、そのままなんですよ。Twitterとかですごく他者を攻撃する人っているじゃないですか。そういう人たちはまだ、自分の個体としての生存を……。

ハヤカワ:守らなきゃ、という意識が働いていると。

高橋:そう。保護しなきゃいけないんだと、そういう目で見てしまいます。利己と利他が対立するんではなくて、もはや利己を突き詰めていただき、ちゃんと生存していただくことが大事なのかも知れません。その結果、ようやく利己が利他へと広がっていくこともあるのかな、と。

高橋

高橋 祥子 Shoko Takahashi (株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマテクス事業担当/株式会社ジーンクエスト代表取締役)
京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当 就任。

ハヤカワ:しっかり生存していただいて(笑)。すごく興味深いお話ですね。でも理解できない存在を否定するっていうのはすごくリスキーなことだと思うんです。だって明日、自分がマイノリティになってしまう可能性だってあるわけで。そのことで逆に、自分の首を絞めてしまうことだってありますよね。

大事なのは「知らない」ことを自己認識すること

高橋:そこで、ハヤカワさんがおっしゃった「並存」というワードが改めてすごく重要になってきますね。言い換えると、「干渉しない」といったニュアンスなんでしょうか。

ハヤカワ:自分の中ですべて理解しようとしない、ということですかね。世の中は不思議なことや理不尽なことであふれているから、それは、その状態のままでいいじゃないかという感覚でしょうか。

高橋:なるほど。自分が「無知である」と知っておく、という感覚とも近いかもしれませんね。

私は生命科学のテクノロジーを使ってやりたいことがたくさんあるんですけど、「知らないことは怖い」「知らないから否定する」みたいな考え方が、研究を進める上で阻害要因になっていると感じることがあります。

ハヤカワ:例えばどんな研究があるんですか?

高橋:例えばゲノム編集食品などですね。これは遺伝子組換え食品とはまったく違うものなんですが、遺伝子組換えに反対している方々がゲノム編集とは何かを知らないままゲノム編集食品に対しても反対運動を行っていたりします。

反対している人にアンケートなどをとっても正確にゲノム編集について理解している人は少数で、多くの人が「言葉だけは聞いたことがある」「聞いたことすらない」という状況なのですが、反対される方も多いです。

ハヤカワ:反射的に「編集!? 反対しなくては!!」みたいな感覚なのかな。

高橋:そうですね。例えば、世界中の人口の摂取カロリーの3分の2を担っていると言われる小麦のゲノムは、昨年全ゲノムが解読されましたが、そのゲノムを理解・編集していくことで今後、世界の食料問題を解決する可能性があると言われているんです。テクノロジーによって解決できることがこんなに増えているのに、「なんとなく危ない」という人たちが多数派になってしまうと、それさえも使えないじゃないですか。

対談

ハヤカワ:食べたくない人は食べなければいいんですよね。存在を否定するのではなく、無理やり受け入れる必要もない。

高橋:とはいえ、新しいものに反対する人が一定数必ず存在するということが、それはそれで種としての多様性を担保しているとも言えるんですけどね。

ハヤカワ:なるほど(笑)。生命科学について研究していると、心に余裕が生まれそうでいいですね。「生物的に合理的かどうか」で物事が判断できるみたいな。そういう知識があれば、私も世の中の見え方が新しくなる気がする。

「学び続けている」状態は、人生を華やかに彩ってくれる

高橋:私は、新しいものを知り学ぶことって、どんな時代においても希望みたいなものだと思っています。ハヤカワさんもいろんな分野に精通しているので、学びの機会が多そうですよね。

ハヤカワ:1つのものに興味を持ったら、そこから関連づけて転々といろんなジャンルを渡り歩いて行くのが習慣化しているかも。

最近だと、催眠術→脳科学→生命の意識→スリの実態、みたいな感じで転々と(笑)。最初に興味を持ったのが催眠術の仕組みだったんですけど、最終的に、「ああ、スリからは身を守りようがないんだ」っていうことを知る、みたいな。

高橋:それすごく面白いですね(笑)。自分が興味を持つのは面白い一方で、先ほどお話したゲノム編集の例のように、自分の方から働きかけて人に興味を持ってもらうことって、結構難しいと感じている人が多いと思いますがいかがですか? 

ハヤカワさんの事業でいえば、例えば男性に「生理用品について興味を持ってください」というのは。

ハヤカワ:あ、私それは得意なんですよね。もともと広告畑出身だったということもあると思うんですけど、驚きとギャップを同時に喚起させることで、人って興味をおぼえてくれるんです。

「実は生理用品が日本で普及したのは、カラーテレビよりも後なんです」というと「マジで?」「え、じゃあそれまでは女性ってどうしてたの?」みたいな感じで。

対談風景

高橋:なるほど、知識を提供するというより、びっくりさせる、感情を揺さぶる。知識より感情に紐づいた方が、人って学びますよね。

ハヤカワ:そうそう。

高橋:そういえば、2年程前にビットコインがぐんと盛り上がったときに、みんな一斉にブロックチェーンとか仮想通貨の勉強をはじめたじゃないですか。私、それにちょっと嫉妬したんですよ。

ハヤカワ:みんなが必死でビットコインについて学ぼうとしていることに?

高橋:はい。そっちを学ぶならもっと生命科学も学んだ方がいいよ! って。

ハヤカワ:そういうことか!

高橋:ほとんどの人はただ純粋に仮想通貨の知識を求めていたのではなく、あの人が儲かっているからうらやましいなど、感情に紐づいて勉強をはじめたと思うんですよね。
だから本当は生命科学も「学ぶことが大事だ」と知識を伝えたところで意味がなく、こんなにおもしろい、こんなに楽しい、など感情に紐づく体験が必要だと思います。

さらに、サイエンスがテクノロジーなどと違うところって、「短期的に役に立つとは限らない学問」という点なんです。ビットコインのように、感情に紐づく形で短期的メリットが得られると思われやすいと、みんな学びますよね。
だけど、サイエンスは短期的には「役に立つ」かどうかはわからない。例えば当社の社員にも、大学で昆虫についてずっと研究してきた人がいますが、その人はすぐに世の中に「役に立つ」と思っていたわけではなく純粋に好きで探究していたんですね。

でも、そのように短期的利益思考だけじゃない人が研究してきたことで、例えば昔は予想もしてなかったけれども昆虫食のような形で知識が生かされる時代が来たり、昆虫の力でプラスチックの分解できる可能性もでてきています。私はそういう、サイエンスの「いつ誰の役に立つかわからない」という未知なところも、大事にしたい部分だと思っています。
いつかサイエンスの分野で、ハヤカワさんと何か一緒にできる機会があったら、それはそれで面白そうな気がしてきました。

ハヤカワ:いいですね! 今私が生理用品の業界でやろうとしていることって、経済合理性と思想のマッチングなんです。哲学とか思想だけだとそれこそお金にならないので、それをビジネスとして定着させたくて。

個人的には、サイエンス分野の周知や収益性を上げるようなことを外部からやってみたい気持ちはあります。

対談遠目

高橋:そうやって新しいことをどんどん学ぶって、頭を使うのでエネルギーを消費する行為ですが、消費エネルギーが大きい分自分にとっての糧になると考えています。常に学んでいるという、知識が増え続けているという状態。

ハヤカワ:それこそ、“枯渇”ですね。

高橋:そうかもしれません。達成できるよりも状態を定義した方が幸福感は高いと思うんですよね。例えば何かの資格を取るって「達成」じゃないですか。その達成した瞬間はハッピーだけど、達成したあとはもうアンハッピー。それよりも、学び続けている「状態」とか、新しいことを達成し続けている「状態」を目指した方が建設的だと思っています。

2003年にヒトゲノムの全てが解読されたんですが、ゲノムの配列が解読されると生命のすべてが解明されると期待されていたものの、実は配列が解読されても何もわからないということがわかったんですね。私はこのとき「最高だな」と思ったんです。つまり、「探究し続けられる」という状態が、生命科学の領域にはあり、私を常にハッピーにしてくれるんだなって。

ハヤカワ:学びを通していろいろな知識がつながってくると、「人生が華やかになったな」と感じることができるんですよね。サイエンスの世界では、これからも次々に新しい発見があるんでしょうね。想像するとめちゃめちゃ面白そう。私も楽しみです。

※文章中敬称略

構成:波多野友子/撮影:丹野雄二/編集:大島悠