これまで、栄養失調で苦しむバングラデシュの子どもたちに約690万食(2018年12月末時点)のユーグレナクッキーを届けてきた「ユーグレナGENKIプログラム」。
前編に引き続き、企業が社会課題解決に取り組むことの意味を代表取締役社長・出雲充に聞きます。

ビジネスで、本当に世界を変えられるんですか――?

問題に気づいているなら、小回りの利くベンチャー企業が動けばいい

―バングラデシュの課題解決に向けた取り組みである「GENKIプログラム」では、ユーグレナでは商品の売り上げの一部を充てたり、協賛各社と協働したりといった「ビジネス」の形式で進めています。CSR活動ではなくビジネスとして取り組んでいるのはなぜでしょうか?

出雲:「自分ができることをやってみたらこのやり方だった」というだけです。

CSRと比較すれば、良い側面も悪い側面もあると思います。「ベンチャーがビジネスとして取り組むには専門性が足りないんじゃないか」とか、「もっと会社規模が大きくなってからでもいいんじゃないか」といった指摘もあるかもしれません。

ただ結局、私が仲間とともに創業して、自然とやれる形がソーシャルビジネスだったというだけなんです。何か難しい検討や議論を経てやっているわけでもなくて、自分たちに合ったやり方で、走りながら学んで改善してきた。それが今も続いているということですね。


―世界には国連機関をはじめ、社会課題の解決に取り組む公的機関が数多く存在します。その中で企業がビジネスとして参入し課題解決に取り組むことには、どのような意義があると思いますか?

出雲:これは……私たちも続けていく中で見つけるしかないのだと思います。

私は学生時代から国連の活動を間近で見る機会に恵まれましたが、国連も全知全能ではありません。なかなか難しい部分もあります。国連にクレームを投書する方法もあるのかもしれないけど、そんなまどろっこしいことをしないで、仲間とともにできることからスタートしました。思うように動けるというのは、企業のメリットと言えるかもしれませんね。

―企業活動だからこそ動きやすい側面もある?

出雲:はい。国連は、一定のスケール感のある大きな仕事で国を一気に変えていくことに長けています。志のある優秀な国際公務員の方々が、膨大なノウハウでもって、インフラ整備や金融制度構築といった、いずれは教科書に載るような事業を進めているわけです。

「10億人が食糧不足だ」と聞けば、パンと握り飯をたくさん作って本気で10億人に届けようとするのが国連です。85万人の難民キャンプに、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が84万食しか用意しないということはあり得ません。だからバングラデシュにも大量の食糧を届けています。

ただ、規模が大きいがゆえに見えない部分もある。栄養失調で苦しむ人たちに実際に足りないのは、新鮮な野菜や果物、肉、魚、牛乳などから得られる栄養素です。国連だってそれは分かってはいるけど、10億人の人にそれらを届け切るのは地球の生産能力では難しい。

現にバングラデシュは米の自給率が100パーセントで、現地の人は具のないカレーばかり食べています。支援物資として乾パンが届いても、お腹いっぱいで食べません。中身よりも入っていた缶を大事にしています。雨漏り防止のために使ったり、転売できたりといった価値が缶にはあるからです。

「国連はやるべきことができていない」というのは簡単だけど、クレームを出すだけじゃなくて、問題に気づいているなら、小回りの利くベンチャー企業が動けばいい。単純な話だと思いませんか?

バングラデシュで食べられているお米

やりたいからやる、その先に楽しさがあるからやる

―個人として社会課題の解決に貢献したいと考える人にとっては、小回りの利く企業の中で取り組んでいくという選択肢もあるのだと感じました。

出雲:そうですね。その人が今何をやりたいのか、好き嫌いで選べばいいとも思います。何百万人、何千万人を相手に大きなインパクトを与える仕事をしたい人は、国連機関のような場所が向いているでしょう。

私たちのやりがいは、相手が1万人かもしれないけど、「日本から何かおいしいものが届いた!」と言って本気で喜んでくれる人に出会えることです。

ロヒンギャの難民キャンプに20万食を届けたときには、言葉はまったく通じませんでした。それでもお互い人間だから、遠いところからわざわざやって来たということは相手にも伝わります。「日本から栄養があるものを持って来てくれてありがとう」「おつかれさま」と言ってくれる人もたくさんいました。

言葉にならないほど疲れ果てている人だって、無事に家に持って帰れば安心して、「これは日本から来た援助食糧だ。そういえば配っていた人も日本人だったな」と思い出してくれるかもしれない。

もしかするとその中で、「GENKIプログラム」のユーグレナ入りクッキーで育った子どもたちの中で、将来ピアニストになる人が現れるかもしれません。バングラデシュやロヒンギャの子どもがピアニストとして成長し、世界をツアーで回るかも。日本ではサントリーホールのような有名な場所で公演するかも。「そんな妄想が実現したら本当に最高だな」と思いながら、楽しんでやっているんです。

―「やりたいからやる、楽しいからやる」。それで何かを変えられるのが企業活動のメリットなのかもしれませんね。

出雲:そう、ベンチャーのいいところだと思います。個人ならもっと身軽に動けるんですよ。

世の中、みんな物事を難しく考え過ぎなんじゃないかと思います。「じっくり検討して、満点が得られる見込みがないと始められない」みたいなね。でもそれで何もアクションを起こせなければ意味がありません。

私たちは、何点取れるかも分からないけどやってみようという姿勢で行動してきました。初めて取り組んでことで、結果が50点だったとしたら、どう感じるでしょうか? 多くの人は「すみません、50点でした……」と言います。でも私は「初回なのに50点も取れたの! すごいじゃん!」と思うんです。社内のプロジェクトで私が評価するのは公平じゃないかもしれませんが、初めてのことで50点なら私は「5万点」だと思いますよ。

―最後に、社会課題の解決に向けて今後ユーグレナが目指す姿について教えてください。

出雲:バングラデシュの子どもたち100万人の栄養失調がゼロになるまで行動します。そのために、とにかく何でもやるつもりなので絶対ゼロになるんですが、それが実現できるまでやります。100万人の栄養失調をゼロにできたら、その実績をもとにした報告書を国連に出したいと思っているんです。

それを見た国連は「これを100カ所でやろう」と言うかもしれない。そうすれば1億人の栄養失調を解決できます。さらに「これを30の国・地域でやろう」となれば、30億人の栄養失調が改善される。

だからまずは、100万人の実績を作りたいと思います。そうして国連にバトンタッチしていくことが今後のビジョンです。

2013年にバングラデシュを訪問した際の写真

文:多田 慎介

株式会社ユーグレナ 代表取締役社長
出雲 充(いずも みつる)


駒場東邦中・高等学校、東京大学農学部卒業後、2002年東京三菱銀行入行。2005年株式会社ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。
世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」(2015年)受賞。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書社)。