2020年3月、いすゞ自動車株式会社をはじめとする「いすゞグループ」は、地球環境保全のために目指す姿とその実現のための挑戦を取りまとめた「いすゞ環境長期ビジョン2050」を策定しました。2050年までに達成する目標として、「温室効果ガス(GHG)ゼロ」、「廃棄物・廃棄車両の再資源化率100%」などを掲げています。
この長期ビジョンの策定に携わった事務局のメンバーの1人、いすゞ自動車株式会社サステナビリティ推進部の小林寛さんに、長期ビジョンの策定で得たもの、達成に向けた動きなどについて伺いました。

「環境なくして企業なし」を再認識

いすゞ自動車といいますと、積極的に環境対策に取り組んでいらっしゃる印象があったのですが、2020年、新たに「いすゞ環境長期ビジョン2050」を策定した背景を教えて下さい。

いすゞグループでは、1989年から地球環境委員会を立ち上げ、いすゞグループ全体で環境活動の重要性を認識し、これまでも環境対策を織り込んだ製品展開や環境貢献活動を通じて、「環境」への取り組みを行ってきました。企業価値を高めていくためには、また、企業の存在意義を担保し続けるためには、環境対策は絶対やらなければならないと常々意識していて、それをグループ内で共有するだけでなく、「やる!」という意思を世の中に見せるのは今だというのが長期環境ビジョンを作る最初の思いでした。

ただ、2020年3月というタイミングは、世の中の動きとしては「ギリギリ間に合ったな」というのが長期ビジョンを発表した直後の素直な感想です。提案から表に出すまでに紆余曲折あって2年近くかかりました。

環境問題に取り組み、常々環境対策をやらなければと意識をしている企業でも、発表まで2年という期間が必要だったのですね。どういうところで「紆余曲折」があったのでしょうか?

いざ環境長期ビジョンについて議論を進めてみると、各部署、各メンバーで微妙に考え方が違うことがわかりました。「2050年 脱炭素」というのを社内では言っていましたが、最大の課題は、世の中に提示するビジョンとしてどこまで踏み込んで表現するかということでした。

長期ビジョン策定へ向けたワークショップの様子

例えば、「2050年までという期限は表明しない」とか、「期限を表明するなら『脱炭素』とは言わず、『何パーセント削減』と発表する」とか、現実的に今ある技術の積み上げで達成できる目標を立てるべきという考えです。

世の中に発表するものですから、当然慎重にもなりますよね。

はい。ただ、一方で、当初から今後の技術開発を見越してという意欲的なビジョンを立てるべきといった考えの人もいました。時間はかかったのですが、この時、様々な議論を積み重ね、環境問題に対してのアプローチの方法などを勉強し、共通認識を作っていったことが、結果としてグループの大きな成果となりました。今振り返ってみると、必要なプロセスだったなと思っています。

こうした議論を踏まえ、最終的にはトップが「大切なのは『脱炭素』と言うか言わないかだけだろう」とバシッと言ってくれたことで、今回のような意欲的なビジョンを世の中に提示することができました。

■「環境長期ビジョン」の達成へ向けての現状と課題

「いすゞ環境長期ビジョン2050」の概念図
(画像提供:いすゞ自動車株式会社)

2050年の目標達成に向けて、今はどういう段階なのでしょうか。

正直、今は、ビジョンに向けた具体的なアクションについて議論しているものが多い状況です。ただ、やると言ったからには、やれるし、やろうとする力が出てくる。各部署の話し合いなどでは意識しなくても「環境」や「温暖化対策」という言葉が出てくるようになり、社員の意識が変わったと感じる場面が増えました。

また、自動車メーカーのいすゞにとっては、「2050年までに、いすゞグループ製品のライフサイクル全体で温室効果ガス(GHG)ゼロを目指します」という目標が、一番大きな課題かつ厳しい課題だと思っています。

私たちの製品である大型輸送のトラックは全ライフサイクル(原料調達・製造・使用・リサイクル・廃棄)のうち、温室効果ガスの9割を走行時(使用過程)に排出しています。つまりゼロを目指すには走行時の温室効果ガスを削減する必要があるので、自動車メーカーがエネルギー分野にも重点を置かざるを得ない。

今回の「環境長期ビジョン」を発表する前から、ユーグレナ社と次世代バイオディーゼル燃料の実用化に向けた「DeuSEL®(デューゼル)プロジェクト」などに取り組んできていましたが、今は、電気自動車や燃料電池車の研究やLNGガスの利活用に関してのプロジェクトも周りの企業との協力を得ながら進めています。

また、厳しさでいうと「廃棄物・廃棄車両再資源化率100%を目指します」というビジョンも、これまでの考え方ではなかなか実現が難しいと思われるのですが…。

そうですね。数年前から、海外工場へ物を送る際には繰り返し使用が可能なリターナブルラックという梱包材を使っていてそれ自体は資源削減成果がありますが、全体の再資源化率でみるとまだまだ十分ではないと思います。

製造時の廃棄物の中には素材の性質として再利用しにくい金属もありますし、使い終わった車を丁寧に分解して再資源化することは不可能ではありませんが、現在の技術だとコストも手間もかかる。企業としてバランスを取りながら、いかにして再資源化率をあげていくかというのは今後ずっとある課題です。今は、車を製造するところから廃棄するところまで、すべてのプロセスに責任を持ってやるという意志(Aspiration)はあるが、仕組みをこれから作らなくてはならないという状況ですね。

1つ、前向きな話で言うと、トラックは鉄の部分が多いので、再資源化率が高いということ。乗用車は軽量化や衝突安全性のために再資源化の難しい合金を使用していますし、樹脂材を使う内装の面積も広いんですね。一方で、トラックは重量ベースで8割以上がスチールなので、乗用車と比べると再資源化しやすいのではと考えています。

このトラックの再資源化の仕組み作りには、いすゞグループ内だけでなく、他社との協業が必要になることもあると思います。

そもそも1つの企業だけで解決しなくてはならない問題ではないと思います。今後、こうした難しい課題に協力・協業して取り組んでいくことが、世の中全体でも増えていきそうですね。

■子どもたちの今、そして未来のために

最後に、いすゞグループが行っている環境活動をいくつか教えていただけますか?

いすゞグループの工場があるタイ国内の水環境が良くない学校に対して浄水システムを提供する活動(「生きるための水」プロジェクト)や、日本国内では全国の学校で、環境教育の出張授業を行っています。

環境教育については、元々はユーグレナ社との「DeuSEL®(デューゼル)プロジェクト」の報道を見た愛知県の中学校の生徒から「もっと詳しく知りたいので、ぜひお話をしてほしい。」とご連絡をいただいたのがきっかけでした。その時は、授業というよりも内容を説明しに行ったのですが、生徒たちは「燃料メーカーではなく、なぜ自動車メーカーが燃料を作っているのか」ということに興味関心を持ってくれたんです。そこで初めて、「私たちは子どもたちが知りたいと思っていることをやっているんだ」ということに気付きました。

小学校での出張授業

それまでは、「DeuSEL®(デューゼル)プロジェクト」は、燃料を作るのはユーグレナ社、いすゞ側はサポート役だと思っていたのですが、あらためて「私たちは誰のためにやっているのか。子どもたちのため、次の世代のためにやっているんだ!」という思いが強くなりました。現在は小学校の高学年を中心に、年間4、5校で出張授業を行っています。

小学校ではどんな授業を行っているんですか?

興味を持ってもらった事業の説明だけでなく、会社の存在意義、働くことの意味など、あえて脱線しながらお話をするんです。その中で、私が講師の時に必ず言うのは「頭の中でどんな良いことを考えても、それを行動に変えなければ何の意味もない。考えただけでやらないのは何も考えていないのと一緒だよ。ぜひ行動を起こしてほしい」と。次世代を担う子どもたちが環境問題に関心を持つだけでなく、行動を起こせる人になってくれたらいいなと思っています。

■未来は自分たちで作るもの

「未来はやってくるものではない。未来は自分たちで作れるもの、作るものだ」。これは綺麗事ではなく、実際に私たちは先人が作った未来の中で暮らしていますし、そういう思いでやってきたことが形となったものもあります。私たちは、みんなが幸せに暮らしていくために、未来を良くするために働いているはずです。一人ひとりが未来は自分たちでつくるものだという意識を持って行動することで、みんながハッピーな未来へ近づいていくのではないかなと考えています。

小林 寛(こばやし ひろし)
いすゞ自動車株式会社 サステナビリティ推進部

2007年 いすゞ自動車株式会社入社
主に大型トラックの装置設計に従事
2013年 通常業務を行いながらチームメンバー6人とDeuSELプロジェクト発足
2018年 コーポレートコミュニケーション部(現サステナビリティ推進部)に異動

聞き手・文/長麻未