新型コロナウイルス感染症は依然として世界中で猛威を振るっています。日本においても昨年11月以降に感染者数が再び急増し、不安を抱えている人も少なくないでしょう。こうした中で、藤田医科大学 総合医学研究所の宮川剛教授は「今だからこそ情報の見方を変え、社会と科学の関係性を国民全体で考えていくきっかけにするべき」と話します。
宮川教授は昨年4月、「BCGワクチンを定期接種している国では新型コロナウイルス感染症の感染者数や死者数が統計的に小さくなる」という研究結果を発表して話題となりました。ユーグレナ社のグループ会社である、遺伝子検査・解析サービスを提供する株式会社ジーンクエストのアドバイザーとしても活動されています。
withコロナ時代に、私たちはどのような姿勢で情報と接し、取捨選択していくべきなのか。宮川教授にうかがいました。

世界各地で臨床研究が始まった「BCGワクチンと新型コロナウイルス感染症」

宮川教授の研究分野について教えてください。

今は藤田医科大学に在籍していますが、実は、私は文学部出身で、もともとの専門は心理学なんです。大学院時代に遺伝子をゲノムで改変してしまうという「遺伝子ターゲティング」の画期的な研究と技術を知り、感銘を受けたことから、「心」に加えて遺伝子と脳を研究対象としてきました。

新型コロナウイルス感染症の研究は、心理学とどのような関係があるのでしょうか?

私が調べたのはBCGワクチン(結核を予防するワクチンの通称)の国別の接種数と、新型コロナウイルス感染症の陽性者数の関係です。きっかけはインターネットで「BCGを定期接種している国は感染者数が少ない」と書いているブロガーの方がいたこと。それならちゃんと統計を取ってみると面白いのではないかということで、同じ研究室に在籍する統計に詳しい助教に話したところ、興味を持ってくれて、統計解析してみることとなりました。心理学は歴史的に統計を重視していて、統計に詳しい研究者が多いのです。

その結果、BCGワクチンを国民に定期接種していて、その期間が長い国ほど、新型コロナウイルス感染症による死者数が少ないことが分かりました。ただ、こうした研究は「地域相関研究」と言われ、あくまでも事実と事実の間にある相関関係を示すものに過ぎません。実際には国別の平均寿命や高齢化率、人口密度、肥満率、気温・湿度、喫煙率などの多数の要因が絡みます。私たちは、これら「混交要因」と呼ばれる多数の要因を考慮しても、統計的にはBCGワクチンを定期接種している国とそうでない国で差があることをまとめたプレプリントとして論文を発表しました。

この研究結果は朝日新聞東京新聞などの大手メディアにも取り上げられ、話題となりました。研究者の間での反応はいかがですか?

日本の疫学関連のジャーナルに投稿したところ、6人の査読者が付きました。論文を出すときには外部の有識者に査読してもらいますが、通常は査読者といえば多くて2~3人です。6人というのはこの論文の注目度の高さを表したものだと思います。またジャーナルでの査読を進めつつ、インターネットのアーカイブで公表をしており、その後私たちの論文は32回にわたり引用されています。査読に応える解析を行っていたところ、ほぼ同じ方法・結論の論文が権威ある雑誌に次々と発表されました。内容が確認されたということでもあるので、あえて我々のものを査読論文にする必要もないかな、と考えました。

BCGワクチンに関しては本丸の臨床研究も世界各地で行われるようになっており、その研究を行う根拠などとしても引用されていることから、一定の使命は果たしたと感じています。

日本人はBCGワクチンの集団接種を進めてきました。現在も生後1歳までにBCGワクチンを接種することとされています。これにより他国と比べて新型コロナウイルス感染症の重症化リスクが低いと言えるのでしょうか?

現状ではあくまでも仮説レベルですし、それだけが原因ということもありえませんが、BCGの非特異的効果に関する他の基礎研究なども考慮しまして、私はそういう可能性もかなりあるのではないかと考えています。

リスクは「話すこと」「声を出すこと」にある

日本では昨年11月以降、「第3波」とも言われる感染拡大が続いています。感染予防のために改めて気をつけるべき点は何でしょうか?

私は感染症についての直接的な専門家ではありませんが、現在まで蓄積されている新型コロナウイルス感染症に関する知見の中で特に重要だと感じているのが、「主にレストランで感染が拡大している」というものです。この研究についてはイギリスの学術誌『ネイチャー』に論文が掲載されており、レストランはカフェやジムなどと比べて、4倍の感染リスクがあるとされています。屋外と屋内の比較では圧倒的に屋内のリスクが高く、さらに屋内でもレストランが高リスクだということです。これはおそらく、新型コロナウイルス感染症は飛沫感染が主要な感染ルートだからでしょう。

つまり、問題は、「話すこと」、「声を出すこと」のリスクが高いということです。小さい声で話すのか、大きい声で話すのかによってもリスクは随分異なるようだという研究も出てきています。年末年始にかけてはアルコールの入る忘年会や新年会のシーズンでもありますが、これらは最もリスクの高いシチュエーションであると考えるべきでしょう。

※イメージ  Photo by Yutacar on Unsplash

感染拡大当初からたびたび指摘されてきた「満員電車」や「大規模イベント」についてはどう思われますか?

これまでに満員電車でクラスターが発生した例は私の知る限りではありません。また大規模イベントについても、屋外でのクラスターはほとんど発生していませんね。バーベキュー会場での感染は報告されていますが、これはマスクをせず近接して話す機会があることによるものではないでしょうか。

プロ野球やJリーグの試合でも多数の人が集まっていますが、これまでにクラスター発生例は確認されていません。私の自宅近くにはJリーグの名古屋グランパスの本拠地があって、よく観戦しているのですが、現在では少なくとも1つずつ席をあけて、観客は話さないように気をつけながら過ごしていますよ。選手たちのピッチ内で叫ぶ声がよく聞こえるほどスタンドは静かです。屋外でマスクを付け喋らないという状況では感染リスクはかなり低いと思われます。
そう考えると、「マスクをしないで近い距離で話す」という状況を避ければ、感染はかなりの割合で防げるのではないでしょうか。

「事実と推論」を区別するだけでも情報の確からしさが分かる

新型コロナウイルス感染症に関連して、インターネット上を中心にさまざまな情報が飛び交っています。中には正確性が疑われるものもあるのが現実だと思います。正しい情報を適切に捉えるためには、何が必要なのでしょうか?

何が事実で、何が事実でないか。これを見極めるのは難しいですよね。
私たち研究者がネット上でささやかされている新たな説に触れた際には、まずは疑いの目を持って根拠となる論文を見にいきます。専門分野外のことであっても、調査対象数などを見ればある程度の確からしさが分かります。しかし一般の方々にはこうした感覚があまりないかもしれません。これは社会と科学の関係性における本質的な問題だと思います。

こと新型コロナウイルス感染症に関しては、PCR検査のあり方などについての議論でみられるように、専門家の間でも意見が食いうケースも多々見られます。マスクの効果ですら、あのWHO(World Health Organization:世界保健機関)も最初は否定していましたし。論文を自ら確認するスキルがなく、専門家の意見もあてにしづらいとなると困ってしまいますよね。

ご指摘のように、根拠となる論文などを確認することなく、ネットなどで流れている情報を信じてしまうことは日常的に起きていると思います。科学的な視点を持つために意識すべきことは何でしょうか?

まずは「事実は何なのか」を確認することが大切です。私は気になる話題があれば根拠となる論文の存在を確認し、一般の人にも分かりやすく伝えられるよう内容を言い換えたり翻訳したりしてTwitterで発信しています。そうした研究者たちからの情報を参考にしていただいてもいいと思います。

研究者もよく間違うので、できるだけ多くの研究者の発言を見ておくとよいでしょうね。話題になっている言説には元となる論文があるのか、それともただの考え方や推論に過ぎないのか。この区別ができるだけでも大きいです。


宮川教授の発信ツイート

最近では徐々に行われるようになってきていますが、各種メディアの報道やSNSでの発信においても、ソースとなる論文などを明示してほしいと考えています。日本神経科学学会の「科学コミュニケーションガイドライン」では、科学報道でソースをできるだけ示していただくようにお願いすることを推奨しています。そのような習慣が広がれば、事実と推論の境目がより見えやすくなるはずです。

私たちのように科学的な事実を見るスキルをある程度持つ人間が先頭に立って、こうした状況を改善していかなければならないとも思っています。新型コロナウイルス感染症で揺れる今だからこそ、社会と科学の関係性を国民全体で考えていくきっかけにするべきです。

先ほど触れていただいたように、同じテーマについても研究者の間で意見が分かれる光景はよく見られます。「頼れる有識者」を見極める際のヒントはありますか? 

研究者の実績を確かめるという点では、「researchmap」や「Google Scholar」などで検索してみれば、ある程度は分かると思います。実績のある研究者はそれなりの数の論文を出しているものです。それだけがすべてではありませんが、一つの指標にはなるでしょう。

その上で、有識者として話している人が「ここまでは事実」「ここからは仮説、推論」と明確に区別して伝えているかどうかを見てください。例えば、「絶対に〇〇だ」といった言い方をする人や、言い切ってばかりいる人は、ちゃんとした研究者の中には少ないものです。

少し荒唐無稽に思えるかもしれませんが、これはテーマが「宇宙人」であっても言えることです。本当に宇宙を研究している人なら、「仮説として宇宙人が存在する可能性はある」と考えるでしょう。「宇宙人など絶対にいない、いるはずがない」と言い切れるエビデンスはないからです。
こうした視点を持って事実に当たり、有識者の発言を追いかけていけば、正しい情報を適切に捉える感度が磨かれていくと思います。

世界中で様々な情報が行き交い、情報過多となっている今だからこそ、その情報は事実なのか、それともただの考え方や仮説なのかを見極める力がわたしたちに求められています。
ソースやエビデンスの確認の習慣は、研究だけでなく一般社会にも浸透することで、正しい情報を正しく理解することにつながるのです。

文 / 多田慎介

宮川 剛 Tsuyoshi Miyakawa
(藤田医科大学  総合医科学研究所 システム医科学 教授 )
1993年東大文学部卒、
1997年同大学院人文社会系研究科修了、博士(心理学)。
2007年より藤田医科大学 総合医科学研究所 システム医科学 教授を務め、
遺伝子改変マウスの解析を通じて、遺伝子・脳・
行動の関係を研究を行う。
ジーンクエストのアドバイザーや倫理審査委員も務める。
宮川教授Twitterアカウント : @tsuyomiyakawa