ユーグレナ社では、ともに働く仲間が共有する行動指針として「euglism(ユーグリズム)」を掲げています。実はこれは、会社の成長とともにメンバーが増える中で社内のメンバーから発案され、全社会議を開いて策定されたものなのです。

社内一丸となって生み出された「euglism」を、社長の出雲充はどのように見ているのでしょうか。

「トップが決めて押しつける」では機能しない

―「行動指針」が経営側からではなく、社員側からの働きかけで生まれたというのがユニークですね。

それこそ昔は、行動指針といえば経営者から押し付けるものだったのかもしれません。かつては情報発信の手段が限られていて、みんなで同じ情報を共有することも難しかった。でもインターネット社会になって、いろいろなことが変わりました。簡単に情報共有ができる時代に、トップが何かを決めて押しつけるということ自体、まったく機能しなくなっていると思うんです。

―社内から行動指針を作りたいという声が出てきたときは?

驚きましたが、うれしくもありましたね。私は思いついたことを思いついた順番にやってみようというタイプの人間なので、「放っておくと出雲の思いつきで変な指針を言い出すかもしれないぞ」と考えて声を上げてくれたのだと思います(笑)。

社内メンバーで行動指針について議論している様子(2014年)


―策定にあたっては、社長としてどのような注文をつけたのですか?

ほとんど何も注文はつけていません。私が日頃考えていることと、みんなが大切にしたいことは、共通項が多かったのでしょう。もし私が「10個の行動指針を作れ」と言われて考えても、似た方向性の内容になっていたと思います。ただ、一つだけわがままを通させてもらいました。

「ミドリムシ愛」よりも優先したいメッセージ

―「わがまま」ですか?

「ミドリムシ愛」や「地球を健康に」といった指針は、いかにもユーグレナ社らしいメッセージだと受け止めてもらえるのではないでしょうか。でも私は、それらよりも優先したいメッセージとして「多様性を楽しむ」という指針を先頭にしてほしいとお願いしました。


―そういえば確かに、「ミドリムシ愛」よりも前に「多様性を楽しむ」がありますね。

多様性は、どうしても一丁目一番地にしたかったんです。生き物とは元来、昨日も今日も明日も同じであることに安心するものです。そして放っておくと同質化が進みます。一方で多様性とは、本来はしんどくて楽しめないもの。毎日会社に違う人がいたら疲れますよね。だけど、長丁場の研究や事業を進めるときには、そうしたしんどさに向き合って新しいイノベーションを生み出していく必要があります。だから多様性を先頭に入れさせてもらったんです。

「ミドリムシ愛」が一番目に来るのはユーグレナ社らしくて分かりやすいかもしれませんが、それは「ミドリムシ原理主義」「ミドリムシ至上主義」につながる危険性もはらんでいます。何でもかんでもミドリムシでやろうとしてしまうかもしれない。でも最初に多様性があれば、「ミドリムシが不得意な分野には他のものを使おう」という柔軟な発想になるはずです。

―「ユーグレナ社はミドリムシがすべてではない」というメッセージでもあるのですね。

今は変化が非常に激しい時代です。本当に何が起こるか分からない。もしかすると突然、「ミドリムシ禁止令」が出されるかもしれません(笑)。もしそうなったら、「ミドリムシ愛」だけでは変化に対応できません。

起業家や、野球選手、作曲家などどんな分野でも、プロの仕事をする人というのはそうした極端なことまで想定して、「多様性を楽しむ」という発想を持っているのだと思います。だから何が起きても思考停止せず、ありとあらゆる価値観や考え方を受け入れていける。私たちも多様性を楽しんでいれば、ミドリムシ禁止令の中でも異分野のベンチャーとして活躍できるでしょう。

euglismを守り、地球を健康に

―euglismを見ていると、会社で働くときの指針としてだけでなく、人の生き方としての指針でもあるように感じます。

まさにそうですね。それが最も反映されているのが「地球を健康に」ではないでしょうか。ユーグレナ社はバイオ燃料を作っている会社だから、「地球を健康に」は分かりやすいメッセージだと思います。でも、そんな指針を掲げている人が家に帰って、エアコンをつけっぱなしにしたり水を出しっぱなしにしたり、地球の具合が悪くなることばかり行っているとしたら、「この人の言うことを信用していいのか」「この人は本当に地球を健康にできるのか」と思われるかもしれません。

会社も同じです。ユーグレナ社も、バイオ燃料を作っておきながら石垣島の生産拠点からどんどんCO2を排出していたら、「この会社は何をやっているんだ」と言われてしまうでしょう。ユーグレナ社も一緒に働くメンバーも、euglismに書かれていることを日常的に実行していけたらと考えていければといます。

いつも持ち歩いているeuglism


―仕事で大切にしている指針を自分の人生全体でも大切にできるとすれば、それはとても幸せなことのように思います。

高度成長期には、環境問題よりも経済を拡大することが良しとされてきたわけです。例えば、割り箸を折ってしまって、1膳を無駄にしてしまったとします。昔は「それだけ経済が回るんだから、いいことだ」と真顔で言っていたものです。また、会社にいるときは会社人として行動指針を守っていても、家に帰れば「俺は仕事でクタクタなんだ」と言って水を出しっぱなしにし、ゴミを捨てっぱなしにしていたかもしれない。

そうやって環境問題を後回しにしていた時代があったんです。今はそうした考えに対する反省もあり、環境問題を働くときにも家庭でも考えることが当たり前になっています。また環境問題を解決する技術も進化し、地球に優しいバイオジェット燃料を作れるようになりました。

―そうした技術に興味を持ちつつ、個人として「地球を大切にしたい」という思いを持っている人にとっては、とても貴重な会社だと言えるのではないでしょうか。

そんな会社でなければいけないと思います。ボトムアップでeuglismが生まれたのはとても誇らしいこと。euglismを生き方の指針としていることを誇りに感じていたいし、会社のトップからメンバー一人ひとりまで、全員がすべからくメッセージを社会へ発信して、体現している会社でありたいですね。


文:多田 慎介

株式会社ユーグレナ 代表取締役社長
出雲 充(いずも みつる)


駒場東邦中・高等学校、東京大学農学部卒業後、2002年東京三菱銀行入行。2005年株式会社ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。
世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」(2015年)受賞。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書社)。