2006年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌス氏に、アフターコロナ社会についてどう生きればいいのか、どう行動していけばいいのかの提言をいただきました。

コロナと共に生きる「ウィズコロナ(withコロナ)」時代、そしてその後訪れる「アフターコロナ」の世界。今まで誰も経験したことがない状況のなかで、私たちには何ができ、そして何をするべきなのでしょうか?

今回のサステナブル・タイムズでは、ユヌス氏からいただいた提言を翻訳し紹介します。その内容から今後、どのように行動していけばよいかのヒントを得ていただければと思います。

ユヌス氏から届いたメールに入っていた提言文(原文)

もう後戻りはできない(No Going Back)

新型コロナウイルス感染症が引き起こす被害に、世界中が行き場を失っている。しかし、この状況は私たちに比類なきチャンスを与えている。

今こそ、世界は大きな問題に取り組むときだ。それは、どのように経済活動を再開するか、ということではない。私たちは、これまでの歴史において、幸いにもこの困難を乗り越えるための好事例を集めてきたので、その答えを知っている。私たちが取り組むべき大きな問題とは、「世界を新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう前の状態に戻すのか」、それとも「世界を再構築するのか」ということだ。この答えは、私たちに委ねられている。

言うまでもなく、コロナ以前の世界は、私たちにとって良いものではなかった。新型コロナウイルス感染症のニュースが溢れるまで、世界は将来的に起きうる最悪の事態の想定にもがき苦しんでいた。
気候変動によって地球が人類の生存に適さなくなる日までの日数を指折り数え、いかに私たちが人工知能(AI)による大量失業の脅威の下にいるのか、富の集中がどれほど爆発的なレベルに到達しているのか、というように。

私たちは、この10年が「最後の10年」であると互いに注意し合ってきた。この「最後の10年」の後では、私たちの全ての努力はわずかな結果しかもたらさず、地球を救うのには不十分になるのだ。

私たちはそのような世界に戻るべきか?
―その答えは私たちに託されている。

新型コロナウイルス感染症は、世界を構成するコンテクストや計算式を変え、それ以前に存在しなかった大胆な可能性を切り開いた。 突然、私たちは白紙状態(tabula rasa)からやり直すチャンスを手に入れたのだ。私たちはどんな好きな方向にも進むことができる。信じられないほど、自由な選択ができるのだ!
経済再開の前に、私たちはどのような経済を望むのかを合意しなくてはならない。私たちが真っ先に合意形成すべきは、「経済は手段である」ということだ。経済は、私たちが設定した目標に到達することを容易にしてくれるものであり、私たちを罰するための呪われた死の落とし穴のように機能すべきではない。経済が私たちによって作られた道具であることを一瞬たりとも忘れてはならない。私たちは、最高の集合的な幸福に到達するまで、経済の設計と再設計をし続けるべきなのだ。

もしそれが私たちの行きたい未来に連れて行ってくれないと感じたら、私たちはすぐに使用するハードウェアやソフトウェアに異常があると気づく。私たちがすべきは、それを修理することだ。
「ごめんなさい、ソフトウェアやハードウェアのせいで目標達成できない」、という言い訳は通用しない。それは、受け入れがたい屁理屈だ。
二酸化炭素排出量ゼロの世界を創りたいのであれば、私たちはそのためのハードウェアとソフトウェアを構築せねばならない。もし、失業ゼロや富の一極集中がない世界を望むならば、方法は同じだ。適切なハードウェアとソフトウェアを構築するのだ。私たちにはその力がある。人類が何かを成し遂げると心に決めたら、あとは躊躇せずに行動に移すだけだ。人類に不可能はない。

幸いにも、新型コロナウイルス感染症の危機は、私たちに再出発の無限のチャンスを与えてくれた。私たちは、ほぼ真っ白な画面から、ハードウェアとソフトウェアの設計を始めることができるのだから。


提言文について、オンラインでも語ってくれたユヌス氏

アフターコロナ社会からの回復は、社会性起点であるべき
(Post-Corona Recovery Must be a Social Consciousness Driven Recovery)

全世界共通の1つの意志が私たちを大いに助けてくれるだろう。
それは、私たちの「元来た場所には戻りたくない」という明確な回答だ。「回復」という名で、同じ災難の中に戻りたくはないだろう。
ましてや、私たちはこれを「回復(recovery)」計画と呼ぶべきではない。
私たちの目的を明確にするために、これを「再構築(rebuilding)」計画と呼ぶことにしよう。ビジネスは、世界を再構築するための重要な役割を担う。アフターコロナ社会における再構築計画の出発点は、すべての意思決定において、妥協することなく、社会や環境への配慮を中心に据えるべきだ。政府は、社会性や環境性の利益を社会にもたらすことが定かでない限り、どんな人にも一銭も提供しないことを約束すべきだ。
再構築のための全ての行動は、国や世界のために、社会、経済、環境に配慮した経済の創出に繋げるべきだ。

今こそ動き出すとき(Time is NOW)

まず、社会性を起点とした行動計画のために、「再構築(rebuilding)」のパッケージから始めよう。
私たちは、危機に瀕しているこのタイミングで計画を立てるべきだ。危機が収束したら、企業の財政援助のための古いアイデアや例がどっと押し寄せてくるだろう。そして、新しいイニシアチブを脱線させるために、「これらは未検証の政策だ」という強硬な申し立てがなされるのだ。(オリンピックはソーシャルビジネスで設計できると提案したとき、反対派も同じような主張をした。今や、2024年のパリオリンピックは、盛り上がりを増して私が提案した方法で設計が進んでいる)。私たちは古い例が押し寄せてくる前に準備をしなければならない。“Time is NOW” 今こそ動き出すときだ。

ソーシャルビジネス(Social Business)

この包括的な再構築計画において、私は新しいタイプのビジネスである「ソーシャルビジネス」に中心的な役割を与えることを提案する。ソーシャルビジネスとは、人類の問題を解決するために作られたビジネスであり、そのビジネス立ち上げのために元手を提供した出資者には、元手の金額を返還するが、その投資家が個人的な利益を得ることはない。当初の出資額が出資者に返還された後は、会社は得た利益すべてを会社の事業に再投資するのだ。

政府は、ソーシャルビジネスが主要な再構築の責任を負うことを奨励し、優先して門戸を広げる多くの機会を持つだろう。これと同時に、政府は、ソーシャルビジネスが必要とされる時に、必要とされる規模で、随所に現れることを期待してはならない。
政府は、従来の福祉制度を通して貧困層や失業者のケアを実施し、医療を提供し、必要となるサービスを復旧し、ソーシャルビジネスという選択がなかなかできないあらゆるビジネスの支援をすべきなのだ。

ソーシャルビジネスの参入を加速するために、政府はソーシャルビジネスのベンチャーキャピタルファンドを国と地方とで設立すべきである。また民間セクター・財団・金融機関・投資ファンドがソーシャルビジネスのベンチャーキャピタルファンドを設立することを奨励​​し、老舗企業がソーシャルビジネスになることや、ソーシャルビジネスのパートナー企業と合併することを奨励する。こうして、全てのビジネスが独自のソーシャルビジネスを保有するか、ソーシャルビジネスのパートナーとソーシャルビジネスの合弁会社を設立することを促すのだ。

再構築計画の下では、政府がソーシャルビジネスに資金提供して、企業買収や、支援を必要とする企業と提携して彼らをソーシャルビジネスへと転換することが可能になる。中央銀行は、ソーシャルビジネスが他のビジネスと同様に、金融機関からの融資を受けて株式市場に投資することを認可する。

再構築計画の過程では、多くの機会が生まれるだろう。政府はできる限り多くのソーシャルビジネスのアクターを巻き込むべきだ。

ユヌス氏が率いるグラミンクリシ財団 とユーグレナ社は2014年にグラミンユーグレナを設立。
ソーシャルビジネスとして 緑豆の栽培を支える「緑豆プロジェクト」を、
バングラデシュ農村での雇用創出と収入増加を実現するために実施している

ソーシャルビジネスの投資家は誰か?(Who Are the Social Business Investors?)

誰がソーシャルビジネスの投資家なのか?彼らはどこにいるのか?

彼らはどこにでもいる。既存の経済書がその存在を認識していないだけである。私たちの目は、彼らを見るように訓練されていないのだ。最近の経済学の講義にのみ、グラミン銀行とマイクロクレジットへの世界的な称賛に付随して、ソーシャルビジネス、起業家精神、インパクト投資、非営利組織などのテーマに関するいくつかの議論が含まれている。

社会意識や環境意識に基づく再構築計画のため、経済が利益最大化の科学である限り、私たちは経済に頼り切ることはできない。経済が成長するにつれて、経済全体におけるソーシャルビジネスの割合を拡大することが戦略の全てだ。ソーシャルビジネスの成功は、経済面での割合が増大するときだけでなく、同一の起業家が両方のタイプのビジネスを行っている事例数が急増するときにも見えてくる。 これが、社会意識と環境意識を起点にした経済が始まる目印となるだろう。

政府の政策が、ソーシャルビジネスの起業家と投資家を承認し始めると、すぐに彼らは歴史的な機会の中で求められる重要な社会的役割を果たすため、熱心に名乗り出てくるだろう。ソーシャルビジネスの起業家は、小さな慈善団体の一員ではない。これは、資金調達や世界規模そして地域ごとのソーシャルビジネスの長年の運営経験を持つ、巨大な多国籍企業、大規模なソーシャルビジネスファンド、才能ある多くのCEO、企業、財団、トラストを巻き込んだグローバルなエコシステムなのだ。

ソーシャルビジネスの概念と経験が政府から注目され始めると、筋金入りの個人企業は、ソーシャルビジネス起業家として成功するために、彼ら自身のあらゆる才能を喜んで持ち出し、気候危機・失業危機・富の一極集中などの社会危機や経済危機の際、非常に価値ある社会的な役割を果たすだろう。

我々は求職者ではない。人類は生まれながらにして起業家である
(People Are Born as Entrepreneurs, Not as Job-Seekers)

再構築計画のためには、従来の国民と政府の役割分担の意識を一度壊す必要がある。私たちはこれまで、国民の役割は家族を養い、税金を納める事であり、気候や就業、医療、教育、水といった公共の問題はすべて政府(と一部の非営利団体)が取組むべき事柄だと、当たり前のように考えてきた。しかし、再構築計画のためには、この意識の壁を壊し、国民一人ひとりがソーシャルビジネスを始めることで、問題を解決する者としての可能性を示すことができるよう、導く必要がある。ここで重要なのは、イニシアチブの規模ではなく、その数にある。一つひとつの小さくも多様なイニシアチブが束をなすことで、社会全体の重要な行動に繋がるのだ。

ソーシャルビジネスの起業家がまず取り組むべき課題の一つが、経済破綻によって生じる失業問題だ。ソーシャルビジネスの投資家は、失業した人々への雇用創出のためにソーシャルビジネスを立ち上げることに尽力すべきだろう。ただの雇用ではなく、失業者を起業家に変えるのだ。求職者としてではなく、生まれながらにして人類は起業家であることを示すのだ。ソーシャルビジネスは、政府の施策と協力することで、より強固な医療制度を構築することも可能だ。

ソーシャルビジネスの投資者は、なにも個人である必要はない。投資ファンドや財団、トラストのような機関でもよい。このような機関は、歴史ある企業の経営者との上手な付き合い方を知っている。アフターコロナの絶望と切迫した状況の中では、政府の正しい呼びかけが、これまで知られていなかった活動の急増をもたす。これは、老若男女問わず、全く新しい方法で世界がどのように生まれ変わるのかを示すリーダシップの試金石となるだろう。

逃げ隠れすることはできない(Will Have No Place to Hide)

もし私たちが社会性と環境性を起点としたアフターコロナ社会の再構築計画の着手に失敗したら、世界はコロナがもたらした何倍もの大惨事に直面することになるだろう。私たちはコロナウイルス感染症から身を守るために家の中に身を隠すことはできる。しかし、世界で起きている問題に対処できなければ、世界中で苦しみ怒る人々や自然から逃げ隠れすることはできない。

ユヌス氏の提言文からの学び
☑ 新型コロナウイルス感染症の危機は、私たちに再出発の無限のチャンスを与えてくれた。

☑ 私たちはこれまで、国民の役割は家族を養い、税金を納める事であり、気候や就業、医療、教育、水といった公共の問題はすべて政府(と一部の非営利団体)が取組むべき事柄だと、当たり前のように考えてきた。しかし、再構築計画のためには、この意識の壁を壊し、国民一人ひとりがソーシャルビジネスを始めることで、問題を解決する者としての可能性を示すことができるよう、導く必要がある。

☑  人類は生まれながらにして起業家である。
重要なのは、イニシアチブの規模ではなく、その数にある。一つひとつの小さくも多様なイニシアチブが束をなすことで、社会全体の重要な行動に繋がるのだ。

なお、オンラインでユヌス氏と話した際、印象的だったのは以下の言葉です。

「この提言文に書いていることを、皆さんに無理強いしているわけではありません。まずは家族で今後の世界をどうよくしていけるか話すことから始めてもいいし、自分から何かを変えようと思ったら、少しでも動いていくことが大事だ。私たち人類は皆、クリエイティブであり起業家なのだから」。

次のコロナ特集・後編では、 社長出雲に聞いた「アフターコロナ時代の新しい企業の在り方」についてお届けします。後編のアップをお楽しみに!

(ムハマド・ユヌス氏の提言文翻訳協力:佐竹、西島、江花、北見、和泉)