新たなビジョンを発信し、世界を実際に変えていくリーダーに求められることは何でしょうか。
『転職の思考法』『天才を殺す凡人』などのベストセラーを送り出してきた作家北野唯我さんの講演と、ユーグレナ代表取締役社長・出雲充との対談を通して、「若くして人を巻き込みチャンスを拡大させる技術」を考えます。
※本記事は2020年1月23日にユーグレナ社内で開催したイベントのレポートです。

「個人の肩書きと名前」でどんな価値を発揮するか

北野唯我さん(以下、北野):最初に質問をさせてください。今日ここにお集まりいただいているみなさんは、どれくらい本気で「世の中にインパクトを残したい」と考えていますか?

僕は、人生で「人類の資産となるもの」を1つも残せなければ、ビジネスパーソンとして敗北だと思っています。では、後世に残り続ける資産とは何でしょうか? いちばん分かりやすいのは次の世代をつくっていく「子孫」。次にトヨタ自動車のように、自走し走り続ける「共同体や組織」。そして世代や国を超える哲学や宗教、言葉、文学、物語といった「思想」だと考えています。僕が本を書いているのは、世の中に資産を残したいと思うからなんです。

北野 唯我 Yuiga Kitano (株式会社ワンキャリア 取締役)
1987年生、兵庫県出身。新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局で中期経営計画の策定、MA、組織改編、子会社の統廃合業務を担当し、米国留学。帰国後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ワンキャリアに参画。現在取締役。『転職の思考法』と『天才を殺す凡人』は合計26万部。新刊は『分断を生むエジソン』『オープネス 職場の空気が結果を決める』。編著に『トップ企業の人材育成力』。

一緒に働いているメンバーともよくこんな話をしますが、「唯我さん、ちょっと意識が高すぎるので、視座を下げてください」と言われます(笑)。

では、世の中にインパクトを残す存在になるために、若くても、できることはなにか。何が必要なのか。それは「実力」「名刺」「ビジョン」の3つだと思っています。順を追って説明します。
まずは実力値の測り方について。僕は世の中を観測していて、現代において「実力」があり優秀だと言われる人や成果を出す人は3つのベクトルを持っているのではないかととらえています。1つ目はビジネスで利益を出そうとする「ビジネスマインド」。2つ目は世の中に価値を提供し人を幸せにしようとする「パブリックマインド」。そして自分の専門性を発揮しようとする 「アカデミック/テクノロジーマインド」です。

少しだけご自身のことを考えてみてください。今の自分を見て、「ビジネスマインド」「パブリックマインド」「アカデミック/テクノロジーマインド」はどうでしょうか。ビジネスで成果を出せますか? 自分なりの大義を持っていますか? 自分なりの専門知識領域を持っていますか?
ただ、若くしてチャンスを手に入れたいと思ったとしても、実力があるだけでは「知る人ぞ知る」で終わってしまうかもしれません。そうならないために大切なのが「名刺」です。

今は会社の名刺だけでなく、自分個人の名刺でも戦う時代です。世の中にインパクトを残している人は、組織に所属していようがいまいが、結局は「その人の名前」で仕事をしているんですよね。
所属している社名を使わずに自分だけの名刺を作ったらどうなるでしょうか。自分の名前だけが入った名刺です。左上にはどんな肩書きを入れますか? その上で、その肩書きだとどんな仕事の依頼来るかを想像してみてください。どんな仕事の依頼が来るか想像がつかない場合は、その肩書きには市場価値がないということかもしれません。

また、成果を出す人は「魅力的なビジョン」によって人を巻き込むことに長けています。これは簡単ではありません。単に自分がやりたいことを語るだけでは、家族や恋人くらいしか付いてきてくれないでしょう。
人を巻き込むビジョンのポイントは「共感」「余白」「覚悟」です。
共感できなければ人は動きません。合理性やロジックだけで多くの人が動くと思っているのは、「自分は頭がいい」と勘違いしている人だけです。

また、人はどんなに面白いものであっても、「自分が参加できる余白のあるゲーム」しかプレイしません。重要なのは、自分が実現したいビジョンに余白を作り、人が参加できる余地を残しておくことです。
そして問われるのが覚悟です。スキルは足し算ですが、覚悟は掛け算。例えばこんなことがありました。僕が役員を務める会社に3年前に入ったある社員は、当初びっくりするくらい成果が出ませんでした。しかしあるときに覚悟を決め、そこからは逆に驚くほどの成果を出すようになりました。「覚悟を持つ」ことは0円ですが、最強の投資と言えます。そして、覚悟を持つ人のところへ人は集まってくるのですね。

では、あなたのしたいことは何でしょうか。そのビジョンに共感してもらい、余白を残し、そして覚悟を伝えるためには、何が必要でしょうか?考えるきっかけにしていただけたら思います。

「土日は一点モノ、平日は汎用品」という考え方でもいい

出雲充(以下、出雲):ありがとうございます。ここからは、北野さんと一緒に「若くして人を巻き込みチャンスを拡大させる技術」を考えていきたいと思います。
先ほどのお話にあった個人としての名刺やビジョンですが、これはやはり、レアな存在であることが大切なのでしょうか?

出雲 充 Mitsuru Izumo(株式会社ユーグレナ 代表取締役社長)
東京大学農学部卒。2005年8月株式会社ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leaders選出(2012年)、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」(2015年)受賞。 著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)がある。

北野:レアであり、かつ人の心を動かせるかどうか、がポイントだと思います。そうしたポイントがあれば、汎用品ではなくピカソが描いた絵のように一点モノとして値段が付くはずです。本を作るときもそうだと考えています。たくさんの人に読んでもらえる文章と、売れる文章は似ているようで違う。家族や恋愛の悩みなどみんなが経験することはたくさんの人に読んでもらえますが、一方で売れる本にはスタイルというものがある。村上春樹さんが分かりやすい例でしょう。好き嫌いはあるけど、「これは村上春樹が書いたな」と分かる独創性があり、かつ多くの人の心を動かしています。

僕たちビジネスパーソンが、「自分だからこそできることを探したい」と思ったら、どこかの段階でその世界に行かなければいけないと思うんです。そのためには人生の中で、ある程度は孤独な時間を享受しなければいけないのかもしれません。井戸を掘っているときは孤独で、周りからは理解されにくいものなので。

出雲:誰しも汎用品のビジネスパーソンで終わりたいとは思わないはずですが、一点モノになろうと思うなら井戸を掘る孤独な時間が必要で、そのスピードは速い人も遅い人もいるということでしょうね。
ただ、みんながみんなピカソのようになってしまうと困りませんか? 例えば新聞に載る写真がすべてピカソのようになってしまうと大変です。そうした意味では、全員が一点モノになったほうがいいわけではないようにも思うのですが。

北野:自分の中に両方を置くことが大事だと思うんです。僕自身はいくつかの本を出版し、多くの方に読んでいただくことで一点モノとしての自分を感じています。でも、本の発売日の前にはプレッシャーで寝られないこともありますし、普段の仕事の時間では「できるだけ便利な汎用品でありたい」と思っています。再現性が高いですから。ですので、「週の中で数日は汎用品になる」という考え方でもいいんじゃないでしょうか。
そうした意味では、副業をやるのはいいことですよね。土日に好きなことをやっていれば、平日は「好きなことをやるために技術を伸ばすんだ」といった考え方ができるかもしれません。土日だけ「自分の中の天才」を雇って一点モノになることで、汎用品としての平日を有意義に過ごせるんじゃないかなと。

どうしたら、グローバル規模でメガトレンドを作ることができるのか

北野:僕からもぜひ出雲さんにお聞きしたいことがありまして。
今の出雲さんの目からは、この世界はどんなふうに見えているんですか? 私は以前、出雲さんの書籍を読んで、「あぁ、きっと出雲さんから見た景色は独特なものなんだろうな」と思ったんです。創業された15年前よりも解像度は高くなっていると思うんですが。

出雲:解像度が高くなっているかというと…なんとも言えないですね。15年前に私が考えていたことでいうと、バングラデシュと日本での取り組みについては解像度が高まり、やりたいことがクリアになってきましたが、それ以外のところについてはどうでしょう。例えばこんなに早くデジタル環境が変化するとは、15年前は考えていませんでしたね。

北野:ゲームのルールが変わったという感じですか?

出雲:デジタルに関してはそうですね。
環境問題について言うと、最近ではスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが注目されていますが、日本でも若い人は同じことを以前から考えていたと思うんです。ではなぜ、グレタさんが注目されているのか。
その差はトレンドをつくる力にあると思っています。日本では昔から「三方良し」の考え方でビジネスをやってきました。その観点から、「SDGsなんて日本では周回遅れくらいに当たり前の概念だよ」なんて言う人たちもいますが、国際会議の場では三方良しの概念はなかなか伝わりません。どうしたら、グローバル規模でメガトレンドをつくることができるのか。最近ではそんなことを考えています。

北野:面白いですね。マーケットからのユーグレナ社に対する期待は、日本と海外では違いますか?

出雲:日本で質問されることは近い将来のことが多いと感じます。予算はどうなのか、その結果はどうなりそうかと。ヨーロッパなどでは、もっと遠い未来を見ている気がします。「ガソリン車が走らないパリにする」とか「月に民間人を送る」とか。本当にそんなことができるの? と思われるようなことも、本気で言うんです。どちらのやり方が正しいとは一概に言えませんが、「まず大きなビジョンを掲げて、人が集まるトレンドをつくる」というやり方に学ぶべきところもあると思います。

ビジョンをピクサー作品のようなもので表現したい

北野:そういえば僕は最近、「ビジョンってどこまで言語で伝えられるんだろう」と考えていました。
先々の目標として、映像制作会社ピクサーのようなものを作りたいと思っているんです。ビジョンを言語に落とすときには解像度が粗いものしか伝えられない気がしていて。それが人びとの分断を生んでいるのではないかと。

出雲:ピクサーですか。

北野:はい。なぜそう考えたかというと…。出雲さんは旅行がお好きですか?

出雲:好きです。

北野:僕はあまり旅行が好きではないんですよ。でも旅が好きだという人は多いですよね。美しいものを見たときに人の思考は一気に引き伸ばされるので、みんな行きたがるのかもしれませんね。
ある外資系の超有名企業には「ブランドブック」があり、そこには文字がまったく書かれていなくて、写真しかないそうです。それを見ていくと、国籍など関係なく誰もが「うちの会社にはこんな価値があるんだ」と感じられるらしいんですね。言語では説明できる情報量が小さすぎるので、画像や映像を使ってもっとたくさんのことを表現する。ピクサーというのはそんな思いからなんですよ。

出雲:なるほど。私は、なるべく意識して旅に出るようにしているんです。脳でどれだけ論理的に思考しても、圧倒的に共感してもらえるストーリーは生まれないと思うからです。初めてバングラデシュへ行って強烈な体験をしたときに得たビジョンは、頭の中だけで考えていても絶対に生まれなかったと思います。
旅に出て、知らない場所へ行って知らなかった景色を見たり、それまでに食べたことのない変なものを食べたりすると、物理的なショックがトリガーとなって言語に落ちてくることもあります。

ビジネスパーソンにずっと励ましを与えられる存在でありたい

出雲:北野さんは、現在のご自身のビジョンをどのように具体化させていますか?

北野:本を書くことや、こうして多くの方々の前でお話する場を通じて、働く人たちに応援ソングを届けたいと思って活動しています。みんなの終身雇用を守ることは無理ですが、今日話したことがみなさんのなにかの武器になれば、誰かにとっての一生モノになればいいなと。
だから、「『転職の思考法』を読んで人生が変わりました」「『天才を殺す凡人』を読んで救われました」と言っていただけるのは本当にうれしいです。

出雲:ボリュームが指標になるステージから、一人ひとりの行動変容などに興味が移っているということでしょうか?

北野:本を書く人としての側面で言うと完全にそうですね。全体のパイの大きさよりも、一人ひとりの武器になるものを届けたい。だけどもちろん、たくさんの方に届くことで変われる人が増えますから、ボリュームも当然大切です。その価値はいずれクロスしていくんだと思います。
ちなみに本の種類にもいろいろありますが、現時点で書かないと決めているのは自伝的なもの。僕自身の話を書いても誰かの武器にはならないと思うからです。

出雲:なぜそんなに寄り添うことが好きなんでしょう?

北野:僕にとっての生きている意味、でしょうか。
先ほどピクサーの話をしました。ピクサーの映画って、下は5歳くらいから上は高齢者の方々まで、ファミリーみんなを幸せにしていますよね。しかもそれだけでは終わらず、作品で生まれたキャラクターが目に見える形になって、誰かの近くでいつも励ましを与える存在になっている。そんな価値を、ビジネスパーソンのために作れたらいいなと思うんです。働き始める20代から、ミドルシニアまで寄り添ってくれる何かがあればいいなと。

出雲:素晴らしいですね。利他の心を感じます。

北野:いえ、多分に僕自身のエゴの部分もあると思います。自分の生み出したものを残したいってエゴですよね。ただ、人間の価値ってその利己と利他をクロスさせられることでもあるのだと思っています。

出雲:私も実は、北野さんに価値を届けていただいた一人としてお礼を言いたいと思っていたんです。『転職の思考法』のあとがきで、なぜこの本を書いたのかをつづっていますよね。「『いつでも転職できる』という交渉のカードを持てば職場はよくなる、この国がよくなる」と。その言葉に感激しました。
もしかすると昔は、転職していく人を裏切り者のように考えるような価値観が一般的だったかもしれません。でも、これだけ世の中の変化が激しいんだから、同じ釜の飯を食った仲間がたまたま今は離れていても、いつかどこかで交差するかもしれない。だから、絶対裏切り者などという風に考えるべきではないんです。

ユーグレナ社は、一人ひとりが自分の言いたいことをバンバン言って、萎縮せずに思いを発揮できる場所でありたいと思っています。だから私は、創業から今まで、例示的に用いるとき以外は「社員」という言葉を使ったことがありません。今は会社を一緒に盛り上げてくれる仲間として、そして先々も個人としての価値を発揮して刺激し合える仲間として、誰かが転職してもずっとつながっているコミュニティであり続けたい。そんな思いを新たにしました。

北野:そう言っていただけるのは本当にうれしいです。僕自身も、そんなユーグレナ社の仲間でいたいと思います。これからもぜひ、よろしくお願いします。

※文章中敬称略

編集:多田慎介/撮影:稲田礼子