遺伝子解析サービスを提供する株式会社ジーンクエスト社長兼株式会社ユーグレナ執行役員の高橋祥子は、彼女自身がゲノムや生命の仕組みについて研究する生命科学者でもある。2021年のいま、知っておくべき生命科学の最新情報とは。また、ウィズコロナ(withコロナ)時代にどんな生命科学を認識しておくべきかを聞きました。

そもそも「生命科学」とは?

生命科学とは名前の通り、ヒトも含めたさまざまなあらゆる「生命」を対象として、細胞や分子レベルといった目に見えないようなものまで解析し研究していく学問のことです。

ヒトを対象にした生命科学で言いますと、2003年にヒトのゲノム(全遺伝子情報)が解読され、ゲノムの解析技術が急激に発展しました。ゲノム配列の解析スピードが上がって、膨大なデータが蓄積してきて、それによって生命の現象がデータをもとにして可視化できるようにもなりました。いまや情報科学も含めた、細胞や分子レベルで生命がどうなっているかを解析していく分野のことですね。

―「生物学」とはどう違うのでしょうか?

生物学は基本的に観察ベースで発展してきました。例えば、遺伝の場合、生物学は植物の葉っぱの形が一緒なのかどうかなど観察を通して解明してきましたが、生命科学はゲノムや分子レベルで、目に見えないようなことを解明していきます。ヒトでいうと、一見、健康そうに見えるけど、本当に健康なのか、どういう状態なのか、将来的にどういう病気になるのかという、未来を予測して変えていくことができるのは生命科学の特徴です。

― 目に見えないものというと、「新型コロナウイルス」もその1つですか?

そうですね。特にここ1年くらいだと新型コロナウイルスの対応で、生命科学が非常に役に立っています。一昔前と比べて今は、あり得ないようなスピードで、ウイルスの配列が解明されて、インターネット上に公開され、世界中の研究者がウイルスを対象にした研究ができるようになりました。

もし、20年前に新型コロナウイルスが発生していたら、今ほどの解析技術がないので、「何が原因か分からないけど死んでいく人がいる」という感じだったかもしれません。

また、今、どんどん変異しているウイルスが新しいウイルスだということがすぐに分かるのも生命科学の凄さです。生命科学の進歩のおかげでワクチン開発も凄まじいスピードで進んでいますので、ヒトは生命科学によって救われていると思います。

ウイルスが変異するのは当たり前?新型コロナウイルスを正しく恐れる

ウイルスの多くはRNA(リボ核酸)でできています。DNA(デオキシリボ核酸)が二本鎖で二重らせん構造をとっているのは有名ですが、その二重らせんを1本紐ほどいたものがRNAです。

基本的に一本鎖なので、構造上の安定性が低く分解されやすい。だから、塩基配列がどんどん変わって、ウイルスは変異していきます。その塩基配列を解析することで、これまでと同じウイルスなのか、変異したウイルスなのかが分かります。

―新型コロナウイルスが変異したというニュースを耳にして、不安に思っている方も多いと思うのですが、ウイルスの変異は時間の問題だったのですね。

ウイルスが変異していくのは当然のことなので、変異したこと自体を不安に思う必要はありません。気を付ける点は変異した結果、どう変わったかということ。強毒化したのか弱毒化したのか、感染力が高まったのか低まったのか、ウイルスの性質を正しく知って正しく恐れる必要があります。

人類は誕生した時から「ウィズウイルス(withウイルス)」

―ただ、「ウィズコロナ(withコロナ)」の時代はまだ続きそうですよね。

新型コロナウイルスの感染拡大以降、突然、「ビフォーコロナ」、「ウィズコロナ(withコロナ)」、「アフターコロナ」という言葉が出てきています。ウイルス時代という呼称もでてきていますが、そもそも人類は誕生した時から「ウィズウイルス(withウイルス)」の時代を生きてきているんです。

人類の誕生は約20万年前、ウイルスは人類よりだいぶ先輩なんですけど、30億年前に誕生して、私たち人間やほかの生物のゲノムに影響を与えてきました。

例えば、レトロウイルスという種類のウイルスは宿主となる生物に感染することで、宿主のゲノム配列を変化させることをやってきているわけです。普通は、親から子どもに遺伝子を受け継ぐことで遺伝子が変化し進化していきますが、ウイルスによって個体間で遺伝子が変わっていく。つまりウイルスと生命は共進化してきたわけです。

―では、新型コロナウイルスとも共存していくということでしょうか。

一般的に感染症との関係のパターンは4つあります。「ウイルスが増殖できずなくなっていく」「人間が絶滅してしまう」「共存していく」「共存するけど隙あらば戦う」という関係です。隙あらば戦うというのは、常に私たちの体の中にはいて、免疫が弱ってくると、帯状疱疹やヘルペスなど症状が表に出てくるというような関係。

今回の新型コロナウイルスの場合、軽症者が多いので、「人間が絶滅してしまう」ということは恐らくないと思います。ワクチンによって「ウイルスが増殖できず無くなっていく」か、一般的な風邪みたいになって「共存していく」かのどちらかだと思いますね。

新型コロナウイルスを克服したからといっても、絶対に新しい感染症は出てくるので、これからも「ウィズウイルス(withウイルス)」の時代であることは変わりません。 ただ、変えられる未来はあります

以前、「遺伝子検査・遺伝子解析」のことをお話したことがありますが、遺伝子を検査することで自分はどういう病気になりやすいのか、どういう体質なのかを知って、きちんと備えていくのはとても大事なことです。

私もこのコロナ禍で改めて気づかされました。新型コロナウイルスは基礎疾患がある人のリスクが高いといわれていますから、ベースの健康が大事だなと皆さんも思われたのではないでしょうか。自分のリスクを知って自分の行動を変えることで予防できる病気もあるので、まさに「未来を予測して自分で変えていくことができる」のです。

聞き手・文/長麻未

高橋祥子
1988年生まれ。京都大学農学部卒業。
2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に
株式会社ジーンクエストを起業。
2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。
個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。
2018年4月 株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当 就任