2018年11月、「中国人科学者・賀建奎氏がゲノム編集技術によって遺伝子を改変した双子のゲノム編集ベビーを誕生させた」というニュース。

ゲノム編集ベビーに関する一連の騒動は、まさにサイエンスの急速な発展がもたらした結果といえ、私たちおよび社会はこの急速なサイエンスの発展についていけるのでしょうか。そして、サイエンスが急速に発展した今、本来のサイエンスの在り方について考える必要があるのではないでしょうか。

今回も前編に続き、ユーグレナ社の執行役員/株式会社ジーンクエスト社長、そして生命科学者の高橋祥子がゲノム編集ベビーについて語ります。

目まぐるしいサイエンスの発展の中で、私たちはどう行動すべきか

私のお気に入りの著書の一つに、ノーベル賞受賞者の化学者である福井健一さんの「化学と私」という本があります。そこに、「人間は、生物学的人間と科学的人間の2つの側面を持っている」との記述があります。福井先生の言葉をお借りすると、生物学的人間というのは、人間の持つ感覚や感情をもって自分の認識で世界をとらえていく側面を意味します。

一方で、科学的人間というのは、自分の持つ科学リテラシーで世界をとらえていく側面を意味します。例えば、同じ食事でも糖質は美味しいから糖質をたくさんとろうという生物学的考えと、糖質はたくさんとると糖尿病になるから適量に控えようという科学的考えがあります。
本来、人間が持つこの2つの側面は対等に釣り合うべきです。しかし、近年の急速にサイエンス(科学)が発展する中で、この2つの側面は大きな差が生じてきました。生物学的人間は変化のスピードが遅いのに対して、科学的人間はどんどん変化してきたのです。

例えば、天動説が信じられていた頃の大人よりも、今の小学生の方がずっと科学について多くのことを知っています。私たちは、自身の科学的側面が進化していく中で、自身の生物学的側面がそれに追い付けていない危機を認識する必要があると思っています。
では、人間の持つ2つの側面に差が生じると何が問題なのか。これは、私たちがどちらかに偏った意見持つようになってしまうという点が挙げられます。


前回取り上げたゲノム編集ベビーのニュースを耳にした時、多くの人々は自身の持つ生物学的側面で意見を言いがちです。「よくわからないけど怖い」「ゲノム編集されてしまった子供がかわいそう」などといった感情的な観点のみで意見を言う人が多くいます。
しかし、「ゲノム編集とは何なのか」といった科学リテラシーを持てば、生物学的側面と科学的側面の両方の立場で物事を捉えて考え、意見が言えるようになります。

生物学的側面と科学的側面の両方をもって意見を言うのと、生物学的側面のみをもって意見を言うのでは、ほかの意見に対する重要度が変わってきます。私たちは自分の意見を言う際に、自分がどの視点にたって意見を言っているのか自覚を持つ必要があるのです。
そして、生物学的側面と科学的側面の両方のリテラシーを持つことは、私たちが見える世界を広げ、社会への良い影響につながります。

生物学的側面と科学的側面の差を埋めるのも、また科学

福井先生は著書の中で、生物学的側面と科学的側面の差を埋めるのは、結局は科学であると言われています。ここで言う科学とは、科学的要素から作られたあらゆるツールを指し、情報発信の場であるインターネットもまた、科学としてのツールであると言えます。

そして、あらゆる科学をもって科学リテラシーを向上させることが人々の生物学的、科学的認識の差を埋めることにつながります。科学リテラシーを向上させるアプローチとして、人間の興味に合わせて生物学的人間の側面に訴え、科学リテラシーを上げていくのが効果的ではないかという仮説を私は持っています。

ほとんどの人々は情報そのものには興味がありません。情報は、その情報に対して自分の感情を乗せられるか否かで、初めてその人の価値になることが多いです。したがって、情報を発信する際には、この科学は「良いことである」「楽しいものである」といったように、人間の感情面に訴える伝え方をすることが効果的だと考えています。科学に関する情報がその人にとって価値のあるものとなることで、その人の科学リテラシーをあげることができるのです。

サイエンスは性善説に立つべき

本来、サイエンスとは性善説に立つべきものであると私は考えています。
急速に発展した科学は、人類を滅亡させることも可能にし、科学者は人類を滅亡させる力を持っています。だからこそサイエンスはディストピアを作るものであってはならないのです。

私自身、サイエンスは性善説に立つべきものであるということは、起業して社会とかかわるようになってからより認識するようになりました。起業する前は、サイエンスは性善説に立つということが当たり前でした。
しかし、起業をして、ゲノムを解析して個人に結果を返すという事業を展開することに対して様々な意見をいただく中で、サイエンスは性善説に立つものだということを再認識しました。

例えば、私が取り組んでいる遺伝子解析サービスは、ユーザーの方に特定の体質と健康リスクの遺伝的傾向をお知らせすることで、その方の病気を未然に予防することに役立てることを目指しています。ただ、ゲノム解析技術そのものは、使いようによっては例えば遺伝子差別を拡大させるためもできてしまいますし、悪いことをしようと思うとできてしまう可能性もあります。

科学者が性善説に立つことで、初めて科学の価値を見つけることができ、その価値が科学者を科学者たらしめるということを認識しました。科学をディストピアに活用することは科学者にとって自己撞着のようなものです。

サイエンスを進めるということは、人類や地球にとって良いことを進めるという前提に立つべきで、だからこそサイエンスは、わたしたちヒトと生物にとってなくてはならないものなのだと考えます。

株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当
/株式会社ジーンクエスト 代表取締役
高橋 祥子(たかはし しょうこ)

京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当 就任。
受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞、第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出など。
著書に「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?-生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来-」。

遺伝子解析プラットフォーム「ユーグレナ・マイヘルス」