日本の食文化を支えるさまざまな菌

―微生物による発酵の研究を進めていると伺いました。

鈴木健吾(以下、鈴木):そうですね。もともとユーグレナなどの微生物に関する研究を進めていたのですが、近年は、分解者である微生物や微生物による発酵の研究も進めています。

―あらためて、分解者に関して教えていただけますか

鈴木:生態系において、生物を「生産者、消費者、分解者」の3つに分けて考える考え方があります。生産者は無機物から有機物を生産する存在で、植物などのことです。微細藻類ユーグレナも二酸化炭素や水、太陽光から有機物を合成する生産者です。消費者は生産者が生産した有機物を消費し、有機物を循環させる存在で、動物などのことです。もちろんヒトも消費者です。そして、分解者は有機物を無機物に分解する役割を担う存在で、菌などです。
この「生産者、消費者、分解者」という3つの存在により生態系は循環していると考えられます。

―普段、あまり菌について考えることがないですが、重要な役割を担っているのですね。

鈴木:私たちの身近な商品にもさまざまな菌が活用されています。たとえば、醤油や味噌は麹菌を使用していますし、納豆は納豆菌を使用しています。さまざまな菌が日本の食文化を支えているといえると思います。

―醤油や味噌、納豆、確かに私たちの生活に身近なものばかりですね。

鈴木:歴史的には、菌を活用した食文化は中国から伝わったと考えられています。中国では紀元前より米と麹菌などを活用した酢の生産が行われていたようです。その後、日本の各地でさまざまな菌を活用した食文化が発展してきました。たとえば、滋賀県の鮒ずしは乳酸菌を活用したものです。地域によりさまざまな菌や発酵方法が発展したのは興味深いですね。

―そんなに歴史があるんですね。

鈴木:そうですね。さらにいうと菌を活用した食文化は世界各地で見られます。ヨーロッパでは古くからチーズやヨーグルトなどが生産されてきましたし、アルコールはさまざまな原料を使い世界各地で生産されています。

―アルコールも菌を活用したものなのですか?

鈴木:原料や生産方法に違いはありますが、菌を活用し発酵させている点は共通しています。なかでも日本酒は2種類以上の菌を活用して作られていて、日本の菌活用の文化を象徴しています。

―2種類以上の菌を。普通は1種類なのでしょうか。

鈴木:ワインはぶどうの糖分を酵母菌が発酵させているものですし、他のアルコールも一種類の菌で発酵させる方法が一般的だと思います。一方日本酒では、まず米を糖分に分解するために麹菌を活用し、発酵を促すための酒母を作るために酵母菌をベースに乳酸菌なども活用されることがあります。
日本酒の持つ繊細でバラエティーに富んだ風味はこのような菌の活用から生まれています。

―日本酒の奥深さを感じますね。

鈴木:そうですね。私個人としては、このような日本酒の魅力を支えたいという思いから新潟県の津南醸造という酒蔵を支援しています。日本酒や日本酒生産に関わる菌活用の文化を守り、発展させていきたいと考えています。

鈴木 健吾 Kengo Suzuki (株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当)
東京大学農学部生物システム工学専修卒、2005年8月株式会社ユーグレナ創業、取締役研究開発部長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。2016年東京大学大学院で農学博士学位取得。2019年北里大学大学院で医学博士学位取得。微細藻類ユーグレナの利活用およびその他藻類に関する研究に携わるかたわら、ユーグレナ由来のバイオ燃料製造開発に向けた研究に挑む。

ユーグレナと菌のマリアージュ

―ユーグレナは菌の活動を活性化させるということを聞きました。

鈴木:当社が行った研究によると、ユーグレナを添加した麹菌群では添加していない麹菌群に比べて様々な分解酵素の量が向上する効果を確認しました。つまり、ユーグレナが栄養となり麹菌を活性化させたことになります。
当社では、これらの研究結果をもとに、ユーグレナと麹菌を組み合わせた商品(みどり麹)も開発、販売しています。

―みどり麹は健康食品ですが、どのような方に適した商品なのでしょうか。

鈴木:ユーグレナは59種類の豊富な栄養素を含んでいて、麹菌をはじめさまざまな菌の栄養になることが想定されます。近年、生きた菌を摂取するプロバイオティクスと腸内細菌の餌を摂取するプレバイオティクスを組み合わせたシンバイオティクスという考え方が注目されていますが、みどり麹もそのような考え方を参考に開発されています。

みどり麹は生きた麹菌を配合しているので麹菌を摂取でき、また、ユーグレナが腸内の乳酸菌などさまざまな菌の栄養になることで、腸内細菌を活性化させ、腸内環境や免疫に働く可能性があります。腸内環境のバランスが気になる方などに是非試していただきたいですね。

―ユーグレナが菌を活性化させるのであれば、健康食品以外にもさまざまな可能性がありそうですね。

鈴木:そうですね。食品や健康食品だけでなく、さまざまな場面で菌を活用した発酵が行われているので、食品や健康食品以外でもユーグレナ活用の可能性はあると思います。

ユーグレナ、ヒト、菌でサステナブルな循環環境を実現する

―鈴木さんは宇宙の生活環境に関する研究も進めています。

鈴木:実は菌の研究は、宇宙の生活環境に関する研究とつながっています。月や火星、人工衛星など宇宙での生活は生態系に乏しい閉鎖された環境での生活が想定されます。

先ほどお話したとおり、地球には多様な生態系があり多くの「生産者、消費者、分解者」が存在していますが、宇宙(少なくともヒトが生活することが想定される太陽系の星の環境では)にはそのような生態系が存在しません。現在は、地球から食品や酸素などを持ち込み、またヒトの生活排水は水の部分は再利用することはあっても残りの成分は捨ててしまうことが多いのですが、長期滞在を想定した場合、宇宙でサステナブルな循環環境を実現することが必要だと考えています。
つまり、生産者であるユーグレナなどの微細藻類や分解者である菌を宇宙の生活環境に持ち込むことで、ヒトを含めた循環環境を実現できないかと考えています。

―宇宙にユーグレナと菌を持っていくのですね。

鈴木:具体的には400ℓの水とユーグレナなどの微細藻類を持ち込み、太陽光とヒトの生活からでる二酸化炭素やアンモニアなどを活用して培養します。環境が整えば、ユーグレナは1日に約2倍に増えていきますので、当社の試算ではヒト1日分の栄養がまかなえると考えています。培養されたユーグレナなどの微細藻類をヒトが食べ、ヒトからでる生活排水をユーグレナの培養に活用できる二酸化炭素やアンモニアなどに菌が分解するという循環を想定しています。

―地球の生態系のミニチュアサイズを宇宙で実現するということでしょうか。

鈴木:そうですね。宇宙という閉鎖された環境では、いかにこのような生態系の循環を効率的に回すかが重要です。その観点から、生産者としては栄養が豊富で培養効率に優れたユーグレナなどの微細藻類が有力だと考えています。現在、分解者である菌の研究も進めており、宇宙でのサステナブルな循環環境を実現したいと考えています。

地球の環境問題にも貢献するユーグレナや菌

―宇宙でのサステナブルな循環環境を実現。夢がありますね。

鈴木:宇宙での活用だけでなく、地球の環境問題にも貢献できると考えています。たとえば、これまで焼却していたゴミを菌の活用により無機化することが進めば、焼却に伴う二酸化炭素の排出を抑制できます。現状、菌を活用した無機化に関しては効率の観点から十分に広がっていない印象ですが、ユーグレナが菌を活性化させることでより効率的な無機化が実現できる可能性もあります。
つまり、ユーグレナは生産者として二酸化炭素などを吸収し、さらに菌などの分解者を活性化させ、無機化の効率を高める可能性があるということです。

―ユーグレナの研究や菌の活性化の研究が、宇宙の生活環境や地球の環境問題に貢献するということですね。

鈴木:そうですね。これらの研究に関しては今後も注力していきたいと思います。ユーグレナで菌を活性化させる研究が進めば、健康問題や宇宙の生活環境、地球の環境問題に貢献することができ、ユーグレナ社の経営理念である「人と地球を健康にする」の実現に寄与すると思います。

―個人的には日本酒での活用も気になります。

鈴木:ユーグレナを活用することで菌が活性化し、日本酒がおいしくなるという可能性もあるのです。個人的には、日本の食文化を豊かにするうえで非常に重要だと考えているので、おいしい日本酒をつくることや、酒粕などの副産物の有効利用などにも取り組みたいと考えています。

※文章中敬称略

撮影:Naoko Saegusa