2019年5月1日元号が令和になりました。気持ちを新たにされた方も多いのではないでしょうか。
生命科学の分野では通常西暦が用いられますが、今回はあえて平成という単位で生命科学の進化を振り返ります。

今回も、株式会社ジーンクエスト社長/株式会社ユーグレナ執行役員として遺伝子解析サービスをけん引する生命科学者の高橋祥子が解説します。

生命科学にとって平成ってどんな時代だった?

―平成が終わって、今月から令和元年になりましたね。平成は生命科学にとってどんな時代でしたか?

高橋:生命科学を含む研究分野では暦の刻み方はグローバルに合わせて考えるため、「平成」という30年間の区切りで生命科学を振り返ってみるというのは、世界中でも日本人くらいかなと思いますが(笑)、とはいえ、生命科学の分野でとても色んなことが起こった一つの時代を振り返るいい機会かもしれません。

平成の間には、ヒトゲノム計画が完了したり、羊クローンのドリーが誕生したり、ゲノム編集技術が誕生したりと、すごいことがたくさん起こりました。

よく経済成長の観点では「失われた30年」と言われたりしますが、生命科学の観点では失われたどころか「得られた30年」ですね。
私はちょうど平成元年に1歳で平成と同い年なので、こんなにおもしろい時代に生まれてよかったなと思います。

まず、最も大きなターニングポイントとしてあげられるのが、平成15年(2003年)のヒトゲノム解読です。これは、平成2年(1990年)から始まったヒトゲノムの解読プロジェクトである「ヒトゲノム計画」が約13年間かけてヒトの全ゲノムを解読したことを意味します。

―初歩的な質問で申し訳ないのですが、ヒトゲノムとは何のことでしたっけ?

高橋:ゲノムというのは「遺伝子全体」のことをいいます。英語の「gene(遺伝子)」と「ome(全体)」を掛け合わせた言葉ですね。「遺伝子」は、ヒトを構成する設計図ともいえる情報で、その解読により生命科学は大きく進化すると考えられていました。
ちなみに、関連してよく聞かれるのですが「遺伝子とDNA」の違いって分かりますか?

―「遺伝子」「DNA」…同じじゃないんでしょうか?

高橋:まず「DNA」は物質で、「遺伝子」は情報です。「DNA」とは、デオキシリボ核酸の略で4つの塩基が入っている物質のことで、その中の情報が「ゲノム」=遺伝子全体のことです。

例えばCDに例えると分かりやすいと思うのですが、CDという物質が「DNA」だとすると、その中に入っている音楽という情報が「遺伝子」にあたります。そして、CDに入っている曲をすべて合わせたものが「ゲノム」です。

―なるほど!「遺伝子」は情報のことなのですね。なんとなく理解できました。

高橋:つまり、平成2年(1990年)からヒトの「遺伝子全体(ゲノム)」を解読することを目的とする「ヒトゲノム計画」が始まり、平成15年(2003年)にヒトの「遺伝子全体(ゲノム)」が解読されたということです。これはヒトの設計図が分かったということでもあります。

バナナとヒトの遺伝子は60%同じ!?

―ヒトのゲノムが解読されたということですが、他の生物もゲノム解読されているんでしょうか?

高橋:はい、これまで多くの生物のゲノム解読が進められています。例えば平成最後の1年には、新しく小麦やウーパールーパー、コアラなどの全ゲノムが解読されました。ゲノムが解読されることで、例えば小麦ゲノムは食糧問題の解決の糸口になったり、ウーパールーパーゲノムは組織再生能力を解き明かせるようになるかもしれません。

―多様なゲノムがあるんですね。ヒトと他の生物では、どれくらい遺伝子に共通点があるんでしょうか?

高橋:はい。例えば、バナナとヒトの遺伝子を比較すると約60%が共通するものだったという研究もあります。

―バナナとヒトが60%同じ!全く形状は違いますが。

高橋:他にも、ネコの遺伝子とは約90%、チンパンジーとは約96%、ヒト同士では99.9%同じだと言われています。つまり、ゲノム解読により、生物に共通する遺伝子は非常に多いことが分かりました。

―なるほど、実は共通する部分が多いのですね。全く違うのかと思っていました。

高橋:そうなんです。さらに、遺伝子数にも差があることが分かりました。ゲノムが解読されるまで、複雑な生物ほど遺伝子数もより多いのではないかと考えられてきました。しかし、実はそうとも言い切れないことが分かりました。

ヒトの遺伝子数は2万数千個程度なのですが、ミジンコの遺伝子数は3万個を超えます。イネやコアラなどもヒトよりも遺伝子数が多いことが分かっています。

―ミジンコよりも自分の遺伝子数が少ないなんて‥

高橋:遺伝子数が多い方がいいというわけではないので安心してください。ヒトに関しても進化の過程で取捨選択が行われ、遺伝子数が少なくなっていったのではないかと考えられています。

ゲノム情報活用の可能性と課題

―実は、まだピンときていないのですが、ヒトの設計図が分かるってそんなにすごいことなんですか?なにか良いことってあるんですか?

高橋:ヒトゲノムが解読されたことの恩恵は、設計図が分かったことによって、主に医療分野で大きく活用できるようになったということです。

―どういうことですか?

高橋:平成2年(1990年)に世界で初めてアメリカで遺伝子治療が実施されたのですが、その後、遺伝子編集やES細胞、iPS細胞などさまざまな形でゲノム情報を活用した研究が行われてきました。平成27年(2015年)にはアメリカでオバマ大統領が、ヒトそれぞれのゲノム情報をもとにした医療の必要性について提言するなどゲノム情報の医療分野での活用は広がりを見せています。

―なるほど。個人のゲノム情報に合わせた医療が実現できる可能性があるということですね。

高橋:そうなんです。また、ゲノムが解読されたことで、人工的に生命を合成することに成功したり、ゲノム編集技術という画期的なテクノロジーが開発されました。ゲノム編集技術を今後応用していくことで、難病の治療や創薬研究、さらには農業・畜産などの課題解決も期待できます。

一方で、画期的な新しいテクノロジーは必ず新しいリスクももたらします。例えば平成最後の一年には、中国で倫理的合意なくエイズ耐性を持たせたゲノム編集ベイビーを誕生させたという大騒動も起こりました。

平成という時代を生命科学の分野からとらえると、「ヒトゲノム解読」に成功したということ、そしてゲノム情報の活用の研究が進み、その可能性と課題が見えてきた時代といえるかもしれません。

そして、令和時代にはどうなっていくのか、というお話も次回したいと思います。

―令和は、ゲノム情報の活用が当たり前になるような時代になるかもしれませんね。ありがとうございました。

株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当
/株式会社ジーンクエスト 代表取締役
高橋 祥子(たかはし しょうこ) 

京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了、博士号を取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当 就任。 
受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞、第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出など。
著書に「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?-生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来-」。 

遺伝子解析プラットフォーム「ユーグレナ・マイヘルス」