2020年3月、国内の絶滅危惧種をまとめた「レッドリスト2020」が環境省から公表されました。国内の絶滅危惧種はその数3,716種にも上り、さらに海洋生物については2017年に「環境省版海洋生物レッドリスト」が公表され、56種が絶滅危惧種として掲載されました。
人間の活動によって自然状態の約100~1000倍ものスピードで生き物が絶滅の危機に瀕していると言われている現在、生物多様性はどのようなに守られるべきでしょうか。生物多様性を取り巻く現状や課題などを解説していきます。

生物多様性とは何か?その重要性と問題点

生物多様性とは、簡単にまとめると「全ての生物の間に違いがあり、お互いにつながりを持っていること」だと言えます。また、生物多様性には3つの多様性があり、それらがもたらす恵みは「生態系サービス」と呼ばれています。

生物多様性には「3つの多様性」がある

生物多様性とは、英語の「biodiversity」を訳した言葉で、「生物的な=biological」と「多様性=diversity」の2つを組み合わせてつく作られた新しい言葉です。1985年にアメリカの生物学者が提唱し、それ以来世界中で支持され使われるようになりました。
全ての生物の間に違いがあり、お互いにつながりを持っていることを表す生物多様性ですが、多様性の中にもさらに3つのレベルがあるとされています。

① 生態系の多様性
生物が生息する環境には、森林や里地里山、湿原、沿岸、サンゴ礁、干潟など、多種多様な自然があります。これらの環境では異なる生物がそれぞれ独自の生態系を形づくっています。

② 種の多様性
生物には、植物や動物から細菌などの微生物まで多様な種があり、地球上には500万~3,000万種の生物種が生息すると推定されています。

③ 遺伝子の多様性
同じ種でも、異なる遺伝子を持つことにより、形や模様、生態などに多様な個性があります。例えばアサリの貝殻の模様は一個体ずつ異なっており、遺伝子の多様性を示しています。

以上のように、生物多様性という言葉には3つの階層があり、それらが私たちにさまざまな恩恵を与えてくれているのです。

生物多様性が失われるとどうなる?自然の恵み「生態系サービス」とは

生物多様性は、地球上で長い時間をかけてつくられたかけがえのない貴重なもので、それ自体に大きな価値があり、保全すべきものです。また、私たちが生きていくためにの不可欠のな基盤にもなっています。食べ物や水はもちろんのこと、快適な気候や自然の自浄作用などのたくさんの目に見えない恩恵を日々受けながら私たちは生活しています。

このような自然からの恩恵を「生態系サービス」と呼び、4つのサービスに分類されています。これらの観点から生物多様性を見ると、いかに私たちにとって不可欠なものであり、これらが失われてしまうと私たちの生活自体が成り立たなくなることが実感できるでしょう。

<4つの「生態系サービス」イメージ>

① 供給サービス
最もわかりやすいのが、食料や水、さまざまな原材料など、生きるために必要な資源を与えてくれる供給サービスです。
地球表面の35%は農業や畜産業に利用され、人間の食料の大半は約30種の作物に依存しているといわれています。また、魚などの海洋生態系の動植物は、私たちにとって重要なタンパク源です。もし生物多様性が低下し、作物の遺伝的多様性が失われると、病原菌で全滅してしまう恐れもあり、生態系のバランスは非常に重要です。健全な自然生態系と生物多様性が維持されていなければ、私たちの食事は成り立たないのです。

また、衣類や住居、燃料や肥料などの原材料も生態系から供給されています。さらに、医薬品の開発に必要な遺伝資源や薬用資源、観賞植物やペット用動物などの観賞資源も供給サービスの資源とされています。

② 調整サービス
私たちが生きやすい環境に調整している機能が調整サービスです。
例えば樹木や植物によって、大気汚染や騒音が大幅に低下したり、緑地の存在自体が私たちを健康にしてくれたりと、生活しやすい環境づくりに不可欠です。また、植物は光合成のために二酸化炭素を吸収するため、気候の調整に大きな役割を果たしています。これらに加え、森林を始めとする自然環境は局所的な災害を緩和したり、土砂崩れなどの土壌侵食を防ぐなど、私たちが目に見えないところでさまざまな役割を担っています。

③ 文化的サービス
自然環境は私たちがレジャーとして楽しんだり、その美しさを観賞したりする対象にもなるため、これらを文化的サービスと呼びます。魚釣りや海水浴、公園散策や紅葉狩りなど、生態系から得られる精神的な充足や感性の醸成は、私たちが豊かに生きるために大きな影響を与えています。

④ 基盤サービス
上記①~③のサービスを支えているのが基盤サービスです。例えば動植物の死骸をバクテリアが分解し、豊かな土壌が形成されることで、食物連鎖が支えられていたり、ある動物が別の動物の生存や繁殖に必要となっていたりと、生態系の間には相互作用があります。生物多様性が保持されることで、全ての生命の生存基盤となる環境が提供されているのです。

このように、私たちは生態系から大きな恩恵を受けており、これらのうち一つでも欠けると、特定の種が絶滅したり、気候変動が起きたりと、さまざまな弊害となって表れるのです。
さらに、生態系は複雑に関係し合っているため、発生する問題がどのような原因で、どのような影響を与えるのかがわからないという点も、生物多様性の保全が難しい理由と言えます。

なぜ生物多様性が失われているのか?その原因や背景

私たちにさまざまな恩恵をもたらす生物多様性ですが、それらが失われつつある原因は主に人間活動によるものだとされています。では、具体的にどのような活動が影響しているのでしょうか。

生物多様性が失われる「4つの危機」

生物多様性を失う原因や、その影響のタイプによって、4つに整理されたものが、生物多様性の「4つの危機」です。

第1の危機:開発など人間活動による危機
人間の生活をより豊かにするために行われる森林伐採や沿岸部の埋め立て、農地化などの開発は、そこに住む多くの生物の生育場所を奪います。さらにそれらの自然が担っていた大雨による水量の調整などの機能も失うため、さまざまなバランスが崩れる原因にもとなります。また、生き物の乱獲や過剰な利用も、生き物を減らすことにつながっています。

第2の危機:自然に対する働きかけの縮小による危機
長い間人間と共生してきた自然環境が、人口の減少などによって従来のように手が入らなくなることで、生態系のバランスが崩れることがあります。例えば、木々が適度に間引かれていた里山が放置されると、そこに生息していた生物にとっては環境が変わるため、生息できなくなる場合もあります。また、近年問題になっているシカの増殖による農作物被害なども、狩猟の減少による変化によって生態系のバランスが崩れています。
人間と適度に共生していた環境にとっては、人間活動の減少が生物多様性の脅威となることもあるのです。

第3の危機:人間により持ち込まれたものによる危機
人間が移動することによって、別の場所から持ち込まれた外来種が在来種を駆逐し、絶滅の危機につながる場合も多いです。また、外来の新たな病原体が在来種に思いがけない重大な影響を与えることもあります。日本の野外に生息する外国起源の生物の数は、わかっているだけでも約2000種にもなると言われています。

第4の危機:地球環境の変化による危機
人間活動が原因とされる気候変動によって、生物の生息していた地域の気候条件が変化し、従来のように生育できなくなる生物もいます。より適した場所に移動できれば生き延びる可能性もありますが、現在起きている気候変動のスピードは非常にはやく、多くの生き物にとっては移動が追い付かない可能性も指摘されています。

以上のように、人間活動が生物多様性にさまざまな危機をもたらしており、このままでは自然からの恩恵を受けられなくなることが危惧されています。

生物多様性を守るための取り組みとは?

生物多様性が失われることは日本だけでなく、世界中で問題となっています。そこで、国際会議で各国が生物多様性の保全に関する目標を掲げ、達成のためにさまざまな取り組みを行っています。

生物多様性条約と「愛知目標」

1992年5月、国際条約である「生物多様性条約」が採択され、世界全体で生物多様性の問題に取り組むことが合意されました。この条約では、先進国が開発途上国へ経済的・技術的支援を行うことも約束されました。

条約の目的は、
①:生物の多様性の保全
②:生物多様性の構成要素の持続可能な利用
③:遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分
の3つが設定され、世界194か国が締約しました。

その後、2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、「愛知目標」として20の個別目標が決まりました。

【愛知目標】
・戦略目標A(目標1~4)
各政府と各社会において、生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処する。

・戦略目標B(目標5~10)
生物多様性への直接的な圧力を減少させ、持続可能な利用を促進する。

・戦略目標C(目標11~13)
生態系、種及び遺伝子の多様性を保護することにより、生物多様性の状況を改善する。

・戦略目標D(目標14~16 )
生物多様性及び生態系サービスから得られるすべての人のための恩恵を強化する。

・戦略目標E(目標17~20)
参加型計画立案、知識管理及び能力構築を通じて実施を強化する。

さらに2022年12月には、新たな生物多様性に関する世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、上記の愛知目標に加え、2030年までの数値目標が盛り込まれました。これらの目標をもとに、これから各国は生物多様性国家戦略を改訂し、具体的な取り組みを実施していくことになります。

生物多様性保全のための日本の取り組み

世界で締約された生物多様性条約をもとに、日本では1995年に「生物多様性国家戦略」を立案、以降4回の見直しを行ってきました。現行の第五次戦略では、具体的な施策や達成期限を掲げています。ただ、具体的な成果はこれから期待されているという状況です。
また、国内の自治治体や教育機関、民間団体でもさまざまな取り組みを行っています。

<千葉県印西市の里山保全>
印西市と東邦大学は、自然環境を生かした街づくりを推進する協定を締結しました。印西市は大型商業施設などが増加する一方で、利根川や印旛沼の周辺地域には貴重な生態系が残っている地域で、中には絶滅危惧種の植物や昆虫などが多く生息しています。
これまでも印西市と東邦大は里山の保全活動を続けていましたが、今後はさらに、絶滅危惧種の保全や外来種の駆除なども連携して行う方針です。

<沖縄県のサンゴの植え付け活動>
美しい海を守ろうと沖縄観光コンベンションビューローとザ・テラスホテルズが共同でサンゴの植え付けを行っています。沖縄のサンゴ礁は、オニヒトデの食害や赤土の流出などによって被害を受けており、生育環境の保全が求められているのが現状です。

<佐賀県佐賀市の間伐材利用>
佐賀市では、市内で発生した間伐材由来の「佐賀の森の木になる紙」を製品化し、地産地消する取り組みを実施しています。間伐が行き届いた森の土壌は、海の生物の栄養素も作るため、有明海の生態系の向上にも繋がります。さらに漁業関係者にも貢献でき、紙の購入代金は地元の林業の振興にも生かされるというしくみで、各方面から評価されています。

<磯焼け対策を事業化>
北海道などに生息するウニの養殖を手掛けるスタートアップ企業「ウニノミクス」は、海底の磯焼け問題を事業で解決する取り組みを行っています。
磯焼けとは、海水温の上昇などで異常繁殖したウニによって海藻の群生が食べつくされ、海底が砂漠化してしまう現象のことで、生物の生育の妨げになっています。またこれらのウニは通常売り物にならず、廃棄されていました。そこで、同社はこれらのウニを育てて商品化し、販売することで、海底の砂漠化を防ぐことを目指しています。同時にウニの廃棄の問題も解消できるため、磯焼けに悩む漁業者から多くの声がかかっているそうです。

生物多様性を守るために、私たちにできること

2022年7月に行われた生物多様性に関する世論調査によると、生物多様性という言葉を知っていると答えたのが29.4%と、認知度の低さが明らかになりました。
さらに生物多様性の保全のための活動としてどのような取り組みをしているかという問いには、「生産や流通で使用するエネルギーを抑えるため、地元で採れた旬の食材を味わう」という回答が33.7%と最も多い一方で、「取り組みたい行動はあるが、行動に移せてはいない」と答えた割合も33.7%と同じ割合であることがわかりました。

確かに、生物多様性が私たちにとってとても大事なものであるとわかっていても、具体的に何をしたらよいのはわかりにくいのが現状です。そこで、環境省は「MY行動宣言」という生物多様性を守るための行動を示した啓発ツールを公表しています。こちらを参考にして、日々の行動を意識することが、生物多様性を守ることにつながるでしょう。

<MY行動宣言 5つのアクション>
Act1/たべよう
地元でとれたものを食べ、旬のものを味わいます。

Act2/ふれよう
自然の中へ出かけ、動物園、水族館や植物園などを訪ね、自然や生きものにふれます。

Act3/つたえよう
自然の素晴らしさや季節の移ろいを感じて、写真や絵、文章などで伝えます。

Act4/まもろう
生きものや自然、人や文化との「つながり」を守るため、地域や全国の活動に参加します。

Act5/えらぼう
エコラベルなどが付いた環境に優しい商品を選んで買います。

※この画像はここから ダウンロードし、イベントなどで活用できます。

まとめ

生物多様性とは、地球上にさまざまな種や遺伝子の生物が生息し、それらが互いにつながっており、私たちにたくさんの恩恵をもたらしてくれる、なくてはならないものです。
近年環境分野では気候変動の問題が注目されがちですが、生物多様性の問題も表裏一体です。しかし、あまりに広範囲で複雑であることや、具体的にどのような行動が必要なのかがわかりにくいため、成果が出るのはこれからと言えます。私たちにできる最大のことは、まずは関心を持ち、「5つのアクション」を参考に日々行動することでしょう。

文/福光春菜