近年、「UX」(User eXperience:ユーザー体験)や「CS」(Customer Satisfaction:顧客満足)の概念が注目されています。
「ユーザーファースト」の概念を社内に浸透させ、それを徹底することで成長を続けている株式会社一休 執行役員CHRO(最高人事責任者)管理本部長の植村弘子氏と、ユーグレナ副社長の永田暁彦が、UX, CSを含めた、世の中への価値提供について語り合いました。
「お客さまを理解し、大切にしているはずなのに」伸び悩んだ時期
永田:まずは植村さんのキャリアを教えていただけますか?
植村:新卒で入った食品会社を経て、2006年に一休に入社しました。当時は、まだ30人にも満たない規模でした。「一休.comレストラン」や「一休.com」のセールスを担当し、2014年からはカスタマーサービスの仕事にも挑戦しました。今では赤坂の本社内に70人規模のコールセンターを置いていて、お客さま対応に力を入れています。
永田:カスタマーサポートはすべて本社内に設置されているんですね。
植村:はい。直接お客さまの声を聞き、すぐに改善へつなげられるようにしています。コールセンターはスペースの都合や人的リソースなどのコスト観点から社外への設置になりがちですが、私たちは社内への設置にこだわってきました。
永田:今日のテーマであるUXやCSにつながる部分ですね。
一休さんは、ずっと成長を続けてこられたイメージがありますが、成長が鈍化していた時期もあったと聞き、驚きました。
植村:はい。1998年の設立から2007年ころまでは、順調にサービスが伸びてきました。ところが2007年から2010年ころまでは、売り上げが下がることはなかったものの、ずっと伸び悩んで停滞していました。当時は「私たちはお客さまのことをよく理解しているし、大切にしている」と思い込んでいたので、なぜ伸びないのかが分かりませんでした。

競争力の源泉は営業活動ではなく「お客さまが感じる価値」に変わっていた
永田:その当時は何が起きていたんですか?
植村:結論から言うと、お客さまのことを見ていたようで見ていなかったんです。それまでの私たちは、いわゆる営業が強い会社でした。例えば、ホテルや旅館に「スイートルームを3万円で一休に提供してください」といった営業活動をして、一休.comのサイト内にオリジナル商品を呼び込んでいました。
永田:棚に素晴らしい商品を並べることで、お客さまが選んでくれていたと。
植村:はい。ところが2007年ころからはその活動を強化してもなかなか伸びませんでした。実は、すでに市場が進化していたんですよね。時代が変わり、予約枠を提供する一括管理システムが生まれ、ホテルや旅館は多数のサイトへ在庫を提供できるようになりました。お客さまとしては「自分が使いやすいと思うサイトで自由に選べる」という状況ができあがっていたのです。私たちは競争力の源泉が営業活動ではなく、お客さまが感じる価値に変わっているということに気づけなかったんです。
永田:どうすれば気づけていたと思いますか?
植村:ヒントはお客さまのデータにあったのだと思います。インターネットにはお客さまの足跡がすべて残されています。Aさんはなぜ最近一休.comを使わないのか、そもそもAさんはサイトを見に来てくれているのか。そうしたデータがあったのに、ほとんど見ていませんでした。当時は伸び悩んでいることに焦り、莫大なお金をかけてテレビCMを打ったり、60万人の会員に向けて週に20本ものメルマガを送ったりといった施策に走っていたのですが、当然のことながら手応えはありませんでした。

今のままでは絶対に伸びない。営業もマーケティングも開発も強引に変える
永田:まさに暗中模索の状態だったんですね。そこから、どのようにして変わっていったのでしょうか。
植村:当時、外部コンサルタントだった榊淳(現:代表取締役社長)が関わり始めたことがきっかけです。「今のままでは絶対に伸びないから、全部変えましょう」と。そこから改革が始まりました。
永田:とはいえ、一休のみなさんとしてはこれまで続けてきたことへのこだわりもありますよね。変化への葛藤もあったと思いますが。
植村:もちろんありましたが、私たち自身も変わりたいという思いを持っていました。営業もマーケティングも開発も、自分たちが信じてやってきたことにはすべて改善要求を出されましたが、「強引にでもいいから変わろう」と話し合って進めていきました。
永田:そこで取り組んだのがUX重視やデータ重視ですよね。言葉では簡単に言えますが、具体的にはどんなことを?
植村:いろいろと取り組みましたが、キーワードは一つだけ、「ユーザーが喜ばないことはやらない」というものでした。例えばそれまでは、毎週60万人に送っているメルマガがどれくらい開封されているかも分析していなかったので、「リアル」を見に行ったわけです。営業としては大量にメルマガを打てば多少の反応はあるから止めたくない。でも「それはあなた(営業)が決めることではない、メルマガを打つかどうかはユーザーが決めること。」と。ユーザーが喜ばないことはやらないという方針のもと、広告も止めました。
永田:どれくらいで変化を感じましたか?
植村:メルマガについては、半年くらいで変化を感じるようになりました。それまで60万人に送っていたものを絞り込み、対象を1万人に減らしていたのですが、お客さまから「先日のメルマガの内容を見直したいのでもう一度送ってもらえませんか?」といった問い合わせが来るようになったんです。そこから「ユーザーに喜ばれること」の意味が少しずつ分かるようになっていきました。

「会社ファースト」「社員への気遣いファースト」「施設ファースト」に陥らないために
永田:冒頭では、カスタマーサービスをすべて社内へ設置しているというお話がありました。ユーザーの思いを理解するために、どんな工夫をしているのでしょうか。
植村:人間って、どうしても感覚で「お客さまはこうすれば喜んでくれるはず」と考えてしまいがちなんですよね。それを、すべてデータに基づいて会話する習慣に変えていきました。カスタマーサービスのメンバーが日々お客さまと向き合う中でいただいている声についても分析して、「たくさんの人から寄せられる声」「最近、急に増えている声」「少数なんだけど気になる声」の3つに特化して、すぐにサービスへ反映していくことを繰り返しています。また、ヘビーユーザーの方はいろいろな示唆をくださるので、定期的に時間を取ってお話を聞かせていただくようにしています。その翌日には、伺った内容を全社へも共有しています。
永田:そうした積み重ねがあるからこそ、「ユーザーが喜ばないことはやらない」という基準が徹底されていくわけですね。
植村:一休には今、約350人の社員がいますが、いちばん大切にしていることを聞けば全員が「ユーザーファースト」と答えると思います。経営陣も「ユーザーファースト」しか言いません。ただ、会社の中ではどうしても、この意志が揺らいでしまう場面もあると思うんですよ。
永田:どういうことでしょうか。
植村:例えば予算達成が厳しいときに、管理職は「何とかして乗り切ろう、達成しよう」と言いがちですよね。そうすると、社員は達成するための方法をユーザー抜きの「会社ファースト」で考えるようになってしまいます。また、ユーザー向けのサービスについて社内の会議で議論し、ABCの3人で意見が別れたときに、AもBもCも取り入れようとすると「社員への気遣いファースト」になってしまう。あるいは「○○ホテルをメルマガに載せる約束をしちゃったから、プッシュしてほしいんだけど……」なんていう会話が繰り広げられるようになれば、どんどん「施設(ホテル・旅館)ファースト」になっていってしまいます。一休では、こうした状況に陥っているとめちゃくちゃ怒られます(笑)。
永田:なるほど。常にお客様であるユーザーを中心に置いて、「ユーザーファースト」を貫いて事業が動いているんですね。多くの企業ではUXやCSを重視したいと思いつつも、なかなか行動に落とし込めていない現状もあると思います。UXやCSを阻害してしまう要因があるとすれば、何だと思われますか?
植村:経営陣の行動ではないでしょうか。もし一休の執行役員が「このままじゃ予算達成できない!対外にどうやって報告しよう」と右往左往していたら、社員はユーザーファーストを信じられなくなると思うんですよね。また、安易に他社比較に走ることもUXやCSの阻害要因となるかもしれません。「新型コロナウイルス感染症の影響で、予約サイトはどこも伸び悩んでいます。だから一休も伸びが鈍いんです……」という他社比較発想になると、お客さまの思いを直視していないことにつながってしまう。どんな状況でも一休は一休らしく、ユーザーファーストを貫いていくことが最も大切だと信じています。

事業を実施する中で、日々さまざまな価値観や事情に惑わされることがあるでしょう。しかし、私たちがどんな時も一番に考えなければいけないことは、「誰のため、何のために」この事業をしているのか。確固たる理念を持つことが結果的に世の中への価値提供につながるのではないでしょうか。
文 / 多田慎介
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株式会社一休 執行役員CHRO管理本部長
2001年新卒でエスビー食品株式会社に入社。
コンビニエンスストアチェーン本部セールス 兼 PBブランド商品企画を担当。
2006年10月より26番目の社員で株式会社一休にジョイン。
2006年にローンチした一休.comレストランのセールス、
一休.comのセールス等を経て、
カスタマーサービス部門でコールセンターの立ち上げ、改革を実施。
2016年4月より執行役員CHROに就任、
2016年7月から現職の執行役員CHRO管理本部長
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株式会社ユーグレナ 取締役副社長 兼 ヘルスケアカンパニー長
リアルテックファンド 代表
慶応義塾大学商学部卒。独立系プライベート・エクイティファンドに入社し、
プライベート・エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。
2008年にユーグレナ社の取締役に就任。
ユーグレナ社の未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、
広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。
現在はCOO兼ヘルスケアカンパニー長として
ユーグレナ社の食品から燃料、研究開発など全ての事業執行を務めるとともに、
日本最大級の技術系VC「リアルテックファンド」の代表を務める。