ユーグレナ社の経営企画課のマネージャーとして働く木村は、政府系金融機関からテクノロジーベンチャーへの転職という異色の経歴を持つ。木村がキャリアで追い求め続けてきたのは「社会を変える仕事」。その答えとしてユーグレナ社を選んだ理由とは?

リーマンショック後の新卒時代

前職の政府系金融機関に入社したのはリーマンショック直後の2010年。米国の大学院で環境に配慮した都市計画を研究していたので、就職先もインフラ関連の会社を中心に受けていました。当時、米国ではオバマ政権が実施したGreen New Deal政策の影響から、社会インフラを環境配慮型にするための投資に資金が流れ込み社会が変わっていく予兆を感じていて、漠然とこの分野で仕事が見つけられたらなと思っていました。

そのなかで金融業界に飛び込んだのは、エンジニアでもない自分が社会インフラの変革に貢献するには、金融という見えない仕組みでまちづくりを支えられると思ったからです。というと聞こえはいいのですが、実は応募するまで政府系金融機関のことは全然知らなくて、留学生向けの就職イベントのwebサイトを見てみても何をやっているのかよくわかりませんでした(笑)。投融資から産業調査、自治体向けのサービスもあるし、何だか色々とやっていて、この会社に行けば普通の銀行員よりは面白い経験ができそうだなと思ったのが実際のところです。

そんな思いを胸に入社当初から不動産・インフラ業界を支える仕事がしたかったんですが、希望している部署から全然お声がかからなくて…。かわりに一貫して海外畑で、リサーチ、プロジェクトファイナンス、最後の1年は子会社に出向して機関投資家向けの海外投資を提供する新規事業の立ち上げをしていました。同期が伝統的なコーポレートファイナンスからしっかりと基礎を積み上げていったのに対して、僕はいきなり応用問題を解かされていたような状態が6年間続きました。顧客や専門的なアドバイスを受ける法律事務所、会計事務所が海外にあったこともあり、夜中まで電話会議でディールの協議や交渉をしたりするタフな日々でした。

前職時の同僚たちとの1枚

あふれだす転職意欲

もともと銀行員をずっとやれるとは思っていなかったのですが、30代手前になって、社会を変えるような事業をやっている会社で自分を試してみたいという思いが出てきました。人生100年時代に60歳を超えても社会に貢献したいと思っていて、その中でものすごく仕事をしようと思っている30代~40代が終わった後、自らの選択の上で手に残る何かがほしかった。金融機関でもそういう思いを持つことはできたかもしれないですが、「これは自分がやった事業だ。これで社会を変えたんだ。」と心の底から思えるのは実際に事業を作る側だろうと。もちろん子どもじゃないので、与えられた場所で100%のパフォーマンスを発揮するのがプロだと思っていたのですが、逆に言うと100%魂を燃やすことができなくなったら潮時だなと感じて…そうして転職を決意しました。

転職活動では、エンジニアでもない自分が長期的に価値を発揮していくには、早いうちに「会社経営」というものに触れて経営人材になることと考え、そのようなポジションを探していました。あと、どうせ価値を提供するなら社会を変えるような事業にコミットしたい。この2つの目線を持って転職活動をしました。実際にいくつかの事業会社を受けて、オファーもいただいたのですが、どうもしっくりきませんでした。今振り返ると、自分の中で「社会を変える仕事」という思いをいただいたオファーから感じる度合いが少なかったのだと思います。その時、ちょうど友人から「ユーグレナ社でも中途採用をやっている」と聞く機会があり、即応募を決断しました。

想いを社会実装できる場所を求めてユーグレナ社の門をくぐる

私にとってユーグレナ社が魅力的なのは、自分の想いを社会実装できる場所であると感じるから。ユーグレナ社の経営理念は「人と地球を健康に」。環境に配慮した都市計画を研究していた人間として、バイオ燃料で燃料インフラを環境配慮型に変えられるとすれば、こんなに最適な場所はありません。

そして、もう一つがその理念を達成する手段として、テクノロジーとファイナンスが戦略的かつ有機的につながっていること。ユーグレナ社の現在の収益事業は健康食品や化粧品を販売するヘルスケア事業で、バイオ燃料を含むエネルギー・環境事業は研究開発段階にあります。過去、多くのバイオ燃料事業者が研究段階で夢半ばとなってきた中で、収益事業たるヘルスケア事業をエンジンにしながら、バイオ燃料の研究開発に積極的に投資を実行し、その間をファイナンスが繋いでいる戦略に金融マンとして面白さを感じました。

ユーグレナ社での日々は想定を越えた

ユーグレナ社に入ってからは、自分としてはとにかくがむしゃらにチャンスを拾い続けた日々でした。社長の出雲やCFOの永田、その他いろんな方向から飛んでくる剛速球や変化球を打ち返しているうちに、あっというまに年月が経っていました。例えば、入社した2週間後にいきなり全社方針会議があってその事務局をやったかと思えば、1か月後からはバイオ燃料の製造実証プラントの建設工事請負契約の交渉を担当することになったり。なお、工事請負契約はプロジェクトファイナンスをやっていた人間としてはよく見ていた契約なのですが、まさかバイオベンチャー企業でこの知識が活きるとは入社前は夢にも思っていませんでした。

その後も複数件のM&Aのエグゼキューションや、エクイティ・デット両方のファイナンス、マイノリティ出資を通してのアライアンス構築や、新規事業創出の社内ビジネスコンテストの企画・運営等をしてきました。昨年からは経営会議を事務局として運営したりしています。

なかでも自分が一番成長できたと認識しているのは、長崎県のオリエンタル・エア・ブリッジ株式会社(ORC社)という地域航空会社と資本業務提携を結んだ案件です。長崎空港と長崎の離島地域を結んでいる航空会社との間で、当社のバイオ燃料を搭載した地域航空初のバイオフライトの実現や、離島振興に関する協業を目的に、出資と業務提携の交渉を主導しました。地域航空会社は地元自治体との関係性も深く、多くの関係者との間での交渉が必要でした。また、全国的に地域航空は厳しい経済状態にさらされていて、当社の中でもORC社の出資に際してさまざまな意見がありました。

金融機関にいたころは、しっかりとリスクを指摘していれば評価されたと思います。しかし、当社では数字を詰めるのは大前提として、リスクを認識しながら自社の5年、10年先の姿をイメージして、大局的な見地から出資の意義を検討しなければなりませんでした。今でもこの資本業務提携が正解だったのか、結果はわかりませんが、正解にするか否かは担当する自分次第だと出資時に覚悟を決めたとき、ビジネスマンとしてのモードが変わったような気がしています。前職の諸先輩方に怒られてしまうかもしれませんが、今でも自分のことを政策金融マンだと思っていて、ORC社の件で、テクノロジーとファイナンスを組み合わせて、地域社会を変革する種を埋め込むことができたのかなと思っています。

やりたいことはまだまだたくさん

今後は、より当社内の経営体制の強化に力を入れていきたいと思っています。ユーグレナグループの中には、まだまだ活かし切れていない資源がたくさんあると考えていて、それを活用する筋肉質な経営基盤を構築したい。特に、隠れた資源を生かしていく前提となる経営状態の見える化や、見える化した資源を管理していく体制を整えたいと思っています。

休日の木村、日本科学未来館のミドリムシクッキーの前での1枚


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